ウィークエンダーラブソング




 仕事終わりに立ち寄ったコンビニ、カゴの中にはビールを二本。それとあとは適当なおつまみを、と思っておつまみコーナーに移動すると、新商品がいくつか出ていたので少し迷ってしまう。サラミも美味しそうだが、チップス系も捨てがたい。
 うーん、と迅はその棚をじっと眺めた。まあ両方買って、余ったらまた追々消費するというのもありかもしれないが。太刀川さんはどうだろうか。自然、思い浮かべるのはこのビールを一緒に消費する予定の恋人のことだった。と――
「俺はこっちの方が食べたいかな」
 ひょい、と横から手が伸びてきて、サラミの方をかごに入れられる。顔を上げれば、ちょうど今思い浮かべた顔が目の前にあった。薄手のトレンチコートの下にスーツを着た彼は、迅と目が合って悪戯っぽい表情で口角を上げる。
「太刀川さん」
「おー。おつかれ」
「おつかれ。おかえり? ……いやまだ家じゃないからおかえりではないか」
 迅が言うと、太刀川は確かにそうだなと言ってなっはっはと笑った。
「ちょうど通ったらおまえがいるの見えたからさー。帰る時間ぴったりだったな」
「だね」
 言いながら、気分がふわりと上がる自分を自覚して単純だなあと呆れる。どうせ家に帰ったら会えるのに、こんな風に偶然帰宅時間が同じになって、太刀川が自分を見つけて帰り道に会えたこと、そんな些細なことが妙に嬉しい。久しぶりに二人揃っての休日前の夜ということでただでさえ楽しかった気分がより高揚していくのが分かった。
「他に欲しいものある? お酒とかおつまみとか」
 迅は楽しい気分のまま、太刀川に聞いてみた。明日は二人とも休みだから夜ふかししたって構わないという解放感もある。その言葉を受けて、太刀川は迅が手に持つカゴの中を覗き込んだ。
「んー、俺はそんくらいで……あ」
 言いかけて何かを思い出したように太刀川がくるりと踵を返す。何だろうと思いながら待つと、太刀川はすぐに小さな箱を持って帰ってきた。
「そろそろ、なくなりそうだったろ」
 そう言って太刀川はその箱――極薄を謳ったそういうアレのためのものをまるでお菓子でも買うかのように軽い手つきでカゴの中に追加したので、迅は思わず「わあ」と小さな声で言ってしまった。完全に晩酌の話をしていたつもりだったのだが、まあ、確かにそれは残り少なくなってはいたはずだ。不埒な未来が視えそうになって、公共の場ではまずいと慌てて意識を逸らそうとする。
「いまさら恥ずかしがることじゃないだろ」
 太刀川はそんな迅を本当に面白いやつだなと言わんばかりにくつくつと喉を鳴らして笑う。今夜の行為を具体的に意識してしまえば、きっちりと着たスーツの上、男らしく突き出た喉仏が小さく上下するさまの色気を急に意識してしまうのだから参る。今更、と太刀川が言うのはもっともで、もう何回、数えるのもばからしくなるくらい重ねてきた行為であるのは確かだ。迅だってもう流石に慣れた。が、不意打ちで意識してしまうといまだついこんな反応をしてしまう時だってある。
「太刀川さんは、変わんないよねえ」
 思えば最初の頃から太刀川はそうだった。今以上に自分の自意識とか羞恥心とかが強かった頃にだって、太刀川は一緒に入ったコンビニでなんの躊躇もなくそれを買い足そうとしてきたので、当時は会計をするのが勝手にひどく気まずかったりしたものだ。それに太刀川は「そんな褒めるなよ」なんておどけて笑う。「褒めてるかは分かんないけど」と肩をすくめて返しながらもそんなくだらないやりとりが結局楽しい。
 もう買うものはなさそうだったので、そのままレジにカゴを持っていく。お酒やおつまみに混じって淀みなくその箱も店員の手によってレジを通過し、まとめてがさりとコンビニの袋に入れられた。
 コンビニを出ると、少し寒いくらいの風が吹いて二人分のコートを揺らした。季節はもうすっかり秋だ。夜の深い時間に入ろうかという街は人通りも少なくて、歩く度コンビニの袋が互いの間で揺れる音が静かな夜の街に響く。
 ふ、と思って、そしてその思い付きをすぐに実行に移すくらいには今夜の自分は結局やはり浮かれているみたいだった。
 ――だって、この人と久々にたっぷりゆっくりと過ごせる夜なのだ。
 太刀川の側、左手に持っていたコンビニの袋を右手に持ち替える。そうしてすぐ横にあった太刀川の指に触れると、太刀川がこちらを見た。太刀川が何か言うよりも早く、その指を絡めて繋ぐ。太刀川の無骨であたたかい手の感触が、手のひらに伝わってくる。
 太刀川は何か言いたげな顔を少しだけしたけれど、迅の好きにさせることにしたらしい。そのまま太刀川からも握り返されて、気持ちがじわりと充足する。
 ふたりで暮らす家まではあと数十メートル。ここからは太刀川とふたりだけの時間。そう思えば、楽しく思わないなんてわけがない。
 その気持ちの新鮮さは何歳になってもそうで、変わらないのは自分もかもしれないなと小さく笑う。冷えた秋の空気の中、触れた太刀川の手の感触ばかりが鮮明で、その温度を愛しく思ったのだった。




(2022年10月23日初出)






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