honey on me




 だらだらと眺めていたテレビがCMに入ったので手持ち無沙汰になり、何の気なしにちらりと横目に隣に座っている恋人を見やる。と、思いがけず目に入ってしまったものに迅は反射的に慌てて目を逸らしてしまった。その様子がいやに不自然だったのだろう。太刀川は不思議そうな顔になって「何?」と迅に聞いてきた。
「いやあ何でも」
「ないことはないだろ。めちゃくちゃ不自然だったぞ今」
 あっさり返されて、まあ誤魔化しはこの人には通用しないよねと迅は内心で息を吐く。普段はぼんやりのんびりとしているように見えて、観察眼はしっかりと鋭いのが彼女である。そうでもなければ、ボーダーという実力主義の組織で個人総合一位を張っていられるはずもない。それも殊、迅に関することとなれば尚更だ――というのは己の自惚れも入っているだろうか。
 迅はあっさりと観念して、ちょいちょいと自分の肩のあたりを指で示してみせる。
「……見えてる」
「? ああ」
 太刀川はわずかに首を傾げたが、すぐに迅の言わんとするところを理解したらしい。自分の肩口のあたりに手をやって、それに指で触れる。そして太刀川はなるほどな、という表情に変わった。
 普段は襟付きのシャツだとか割とかっちりとした服装を好む彼女であるが、今日着ているのは襟ぐりの割と広いVネックのニットだった。落ち着いたダークベージュのニットは彼女によく似合っていたが、しかし鎖骨まで見えるそれはいかんせん隙が多く、少し動いた拍子にその、下着の紐が見えるのだ。――シックな黒のブラジャーの紐が。
 それがまあ、目に毒なのである。
 ちらりと見えてしまえばその形やその下にあるものを想像してしまうし、それを脱がせた時のこともうっかり思い出してしまう。しかしそんな理性と戦う迅の胸中とは裏腹に、太刀川はあっさりした様子で服を直しながら言う。
「別にいーだろ、見えてても今更」
「目に毒なの! っていうかもうちょっと気にしてよ」
 別に太刀川がむやみやたらに隙を見せるような人間ではないとは思っているが、大雑把すぎるというか、変に抜けていたり気にしなかったりするところがある。仮に太刀川にも相手にもそんな気がなかったとしたって、ただの事故だとしたって、こういう姿を見られるのは正直とても嫌だ。心底。彼氏のおれが。
「おまえの前だから気にしてないんだろー」
「え?」
 くっと小さく笑いながら言われた言葉に、迅は思わずそんな声を上げてしまう。
「私だって流石に他の男がいるときは多少気にするよ。でもべつに今は迅しか見ないんだしいいだろ。好きなだけ見ればいいし欲情だってすればいい」
 太刀川はそうさらりと言ってのけて口角を上げる。わずかににじり寄った太刀川の腕が服越しに触れて彼女の体温を伝えてきた。共鳴するかのように、その温度が届いた瞬間に自分の体温もぐんと上がる。
「……いいの? 欲情して」
「いいって言ってる」
「今」
 こちらからも体を寄せて、太刀川の顔を正面から見つめる。少し癖のある髪の毛に触れた。見た目より指通りのいいそれからは、ふっと柔らかい香りが届く。先にシャワーを浴びてきたのかもしれない、と今更に気が付いた。
「勿論」
 そう言って目を細めた太刀川に、触れる権利を自分だけが貰っているのだということを急速に実感する。それに苦しいほどに胸が詰まって、まるで酸素を求めるみたいにして迅は太刀川の唇に自分のそれを押しつけた。



(2022年11月13日初出)






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