夜はまだ長いから
今夜何度目かの手を伸ばした箱の中、指先に目的の感触が見つからないことに気付き迅は思わず「あ」と声を上げてしまう。つい先ほどまでの艶っぽい雰囲気には似つかわしくないその声に、普段より熱っぽく濡れた太刀川の瞳がゆっくりと迅の方へ向いた。そうして太刀川は、気怠げな声で迅に聞く。
「どうした?」
「いやー……ゴム、買い置きあったりとかしないよね?」
言えば、状況を理解したらしい太刀川が「ああ」と納得したように言う。そして続いたのは、
「ないな」
という言葉だったので、「だよね」と迅は肩を落とした。
次に来るときには買い足した方がいいかな、とは今夜ベッドに入った時には思っていたのだ。ただ思った以上に盛り上がってしまったために、まさか今日のうちに足りなくなってしまうとは。それだけ何度も求めて、コンドームの残りの個数も忘れてしまうくらい夢中になっていたのだと思えば急に恥ずかしくなんてなってしまうが、しかし、そんなことよりも今この状況をどうするかというほうが差し迫った問題だった。
もう一度、と思って気持ち的にも物理的にもこちらはすっかり臨戦態勢なのだ。ここで大人しくハイやめます、なんて簡単にはできそうもない。しかし受け入れる側になってくれている太刀川に負担がかかることは、避けたい。それはこういう関係になった時から、密かに迅が自分の中で誓っていたことでもあった。それは男としての矜持でもあったし、そうやってラインを設けておかないとどこまでもずぶずぶと箍なんて外れて溺れてしまいそうだったから、というところも、ある。
まあとにかく、どうするか。ここで今日はもう止めておくか、もう諦めてゴムなしで続きをするか、それとも挿入なしで触れ合うことにするのか――。
数秒の間考えて、迅は短く息を吐いて言った。
「……コンビニ、ちょっと行ってくる」
この部屋から最寄りのコンビニまでは徒歩三分もかからない。一度中断してこの熱から離れてしまうのは惜しいが、背に腹は替えられまい。続きをすることを諦められなかった自分に少し恥ずかしさはあるが、だけどこれがどうにか折衷案だろう。ああ本当かっこつかないな、と自分に呆れながら「ごめんね」と言ってのし掛かっていた太刀川の上から離れようとする。
と、がしりと腰を何かにホールドされてそれ以上の身動きが取れなくなった。え、と驚いて太刀川を見下ろせば、太刀川は迅以上に呆れた顔をしてこちらを見つめていた。腰をホールドしてきたのは、太刀川の脚だ。全身どこもぐずぐずに溶かしたはずなのにまだ力強いその脚がぐいと迅を引き寄せて、先ほどまで入っていたその穴の入口に先端が掠めてしまえばその誘惑に一瞬で心を持って行かれそうになってしまう。
「生でいい」
強引な仕草に文句を言おうとしたところで太刀川がそんなこと爆弾発言をするものだから、ぐ、と迅は思わず息を詰めた。
「ちょ、っと」
「こんだけされといて、いまさら中断とか待てるわけねーだろ。なあ」
――早く挿れろよ。
熱っぽい少し掠れた声で、そう囁かれてしまっては、もう。
起こしかけた体を再び落として太刀川を組み伏せる。こちらの腰を挟んでくる太股に手を添えてするりと撫でれば、太刀川が期待するように小さく体を震わせた。
「……、太刀川さんのせいだからね」
あっさりと打ち崩されてしまった理性に悔し紛れに言えば、太刀川は「っは、いいな、それ」なんて笑い飛ばす。敵わなくて悔しい、と思うのに、どこまでも甘やかされている嬉しさもあってどうしようもない。そんな気持ちを誤魔化すようにぐんと腰を進めれば、先ほどまで受け入れてくれていたその場所は最早何の抵抗もなく迅を迎え入れる。
薄いゴム越しよりもずっと生々しい感触に、迅は思わず唇を噛んだ。入口はひどく柔らかいのに、中は熱くてきゅうきゅうと迅の形に締め付けてくる。見下ろした太刀川も、赤い顔で荒い息を吐いていた。そのさまがひどく扇情的で、また煽られる。奥まで収めて小さく揺さぶれば、太刀川が「ぅあ、っ」と上擦った声を上げた。
「ごめ、っ……あんま、もたないかも」
ああもう熱くて、きもちよくて、ばかになってしまいそうだ。そう思いながら言えば、太刀川は喘ぎ声の合間に小さく喉を鳴らして笑う。
「今日、もう何回もしたってのに……、っ、元気だな?」
「太刀川さんだって」
言いながら太刀川の自身に手を伸ばす。迅以上に何度も達せられ散々精液を吐き出したそこはもう固さは失いつつあるが、感じている証拠に迅が腰を揺する度にとろとろと白濁混じりの液体をとめどなく零していた。その液体を掬い上げるようにつ、と指を滑らせれば、太刀川の体がびくりと大きく跳ねた。見下ろしたその目の端がじわりと潤んで滲む。
「もう、どろっどろ。止まんないじゃん。気持ちいい?」
わざとらしく煽りながらそこを擦ると、その度びくびくと太刀川の体が震える。中もその拍子に締まって、気持ちの良さに迅も熱い息を吐き出した。
「ん。だから、もっと、……ッ、じん」
しかし否定もせずそう言ってさらに求める太刀川に、名前を呼ぶその掠れた声に、また全身の熱がかっと上がる。だからもう煽る余裕もなく腰を打ち付けると、太刀川がまた声を上げる。繋がったところから溶けてしまいそうだとすら思うほどの快楽に、ほとんど無意識に「気持ちい、……」と零すと、太刀川が目を細めて笑った気がした。
ゴム越しじゃない、互いの間を何も隔てるもののない感触に、こんなの癖になったらどうしよう、困る、と思う。だというのに心のどこかで、それすらこの人は許してくれるんじゃないかと期待して、それが太刀川への無意識の甘えであることに気付く余裕なんてないまま近づく絶頂に意識が押し流されていく。
「っ、イ、くね」
それだけどうにか口にすると、太刀川がホールドしたままの脚にぐっと力を入れてくる。その仕草に甘えるように迅はぐっと自身を押し込んで、太刀川の一番奥で熱を吐き出した。