heat and melt
「やっと見つけた」
そう言って太刀川は人気の少ない廃墟の隅に蹲っていたその影を覗き込む。するとわずかにこちらに向いた迅の顔は、予想通り火照ってすっかり赤くなっていた。不本意そうに眉根を寄せたその目元は普段よりも水分を多く纏っていて、溜息とも吐息ともつかない息はどこか熱っぽい。拗ねたように尖った唇が、「……太刀川さん」と小さな声でこちらの名前を呼ぶ。
「なんで追っかけてくんのかな……」
「おまえが逃げ回ってるからだろ。俺にばれないと思ったか」
「鬼ごっこ遊びしてるわけじゃないんだよ」
言いながら、迅の茶色の茶色の髪の間から生えている髪と同じ色をした兎耳がちいさく揺れる。その耳も心なしか普段より元気がないように見えた。
「あんたが来るの視えてたから逃げたのに、どこに逃げても追っかけてくる未来しか視えないんだから意味分かんなかったよね……」
はあ、と迅が再び息を吐く。それはつまり迅の予知に勝ったということだろう、と思って気分が高揚するが、しかしその前に迅に聞いておかねばならないことがある。
「だからなんで逃げるんだよ」
捕まえたら絶対に聞こうと思っていたことを迅にぶつけると、迅は心底困ったようにその眉間の皺を深くした。
「あのさ、分かってて来たんでしょ? この通りだからだよ」
迅が言うこの通り、というのはつまりこの状態――赤い顔に潤んだ瞳、熱っぽい息。外見からでもすぐに分かる。
発情期が来ているのだ。
迅がしつこく太刀川から逃げている時点でなんとなく予想はしていたし、一目見てやっぱりそうだった、とすぐに分かった。
でも、だからこそ太刀川は迅に聞きたかったのだ。
「で?」
「で? って……」
太刀川の問いに、迅はぽかんと口を開けた。その口の隙間からちらりと赤い舌が覗いて、ぞくりとわずかに太刀川の背中はわなないた。ああ、これは、と頭の隅でどこか他人事のように思う。発情したパートナーの側にいれば誘引されやすい、というのは自然の摂理だからだ。
わざと顔を近づけて、逸らされないようにまっすぐに迅の目を見る。いつもより深い色を、熱を纏った迅の目が太刀川を見て揺れる。
「発情期なら余計に何で俺から逃げるんだって話だろ。俺はおまえとそーいう関係だと思ってたんだけどな?」
「っ、だから嫌だったんじゃん、好きなひとを手酷く抱くかもしれないって分かってんのに会うとか無理」
迅の言葉に、思わず口の端がつり上がるのが分かった。迅と、手酷く抱くという言葉があまりにかけ離れているように思ったからだ。
「それはそれで見たい気もするな」
「~~あのさあ、っ」
迅が何か言いかけたところで、太刀川は迅の手首を掴んでぐっと引っ張り上げる。力任せに引っ張ったのでよろめくように立ち上がった迅が、はっとしたように太刀川の手を振り払おうとする。が、迅がそうするだろうと分かっていたので振り払われないように迅の手首を掴む手の力を強くした。そのままずんずんと歩き始めると、「ちょっと」と迅が慌てたように言う。だから太刀川は手の力は緩めないまま、振り返って迅に言ってやった。
「そんだけ分かりやすく発情期になってるくせに、一人で耐えるつもりだったってか? ――そんな状態の好きなヤツに頼られないどころか避けられまくる側の気持ちも想像してみろよ、迅悠一くん」
その言葉に驚いたのか抵抗が止んだ迅を、今だとばかりに大股で歩いて引っ張っていく。しばらく呆けた後に「……ねえ、さっきのってどこまで本音?」と聞いてきた自分のことにはひどく鈍い恋人には、「さあな」とだけ返してやった。
◇
何度目かなんてもうすっかり分からなくなった吐精は、もう勢いもなく先端からとめどなく白濁混じりの液体を零すばかりだった。迅にあらゆるところを探られた体はどこも熱をもって、じくじくと熱い。こちらを見下ろして熱っぽい息を吐き出した迅が再び鎖骨に噛みついてきて強く吸われ、その刺激も達したばかりで敏感な体は快楽と認識して口からは上擦った声が零れた。
結局太刀川の家のベッドに引き倒されて上に乗られるまでうじうじと抵抗を示していた迅だったが、太刀川が既に育っていた迅の性器を刺激してやればいよいよ限界が来たのだろう。強引にひっくり返されて、熱っぽくて欲に濡れた、飢えた獣みたいな目で見下ろされれば、ああこれが欲しかったのだとぞくりと伝染するように太刀川の体も熱を帯びた。そうして普段よりずっと性急に体を暴かれ――それでもやはり迅が言っていたような、自分勝手に手酷くといったものではなかったが――今に至る。互いにもう何度も達して、互いの汗やら体液やらでぐちゃぐちゃで、それでもまだ足りないと互いに思ってしまうから終わりが見えない。太刀川は元々発情期だったわけではないのだが、迅のにおいや熱や、色んなものに煽られるうちすっかりつられてしまったらしい。正直もう、結構キツい。尻がバカになりそうだと思う。なのに、もっと欲しい。なるほどこの底の知れない欲求は確かにヤバいな、と思いながらも、口から溢れるのは嬌声と続きを強請る言葉ばかりだ。
迅が腰を引くと、ぐちゅりと水音がして中から何かが零れる感触がする。解すのに使ったローションか、いや、散々中に出された迅の精液かもしれない。ゴムなんてつける余裕もなく、一度達してもまだ抜きたくないなんて言って挿入したまま何度もしたのだ。きっと今頃中は迅の精液でたっぷり満たされているんだろうな、と想像すればその淫猥さも今はただ太刀川の興奮を煽る材料になるばかりだった。
「ッ、ぁ、あ、~~っ!」
弱いところを突かれて、上げた声はみっともなく掠れた。強い快楽に目の前が軽く弾けて思わず眉根を寄せれば、見上げた迅もどこか苦しそうな表情になる。その表情を見て、太刀川はああもう、と呆れるような思いになった。
(ばかなやつ)
発情だって体の自然な反応のひとつだから、仕方のないことである。だからいっそ楽しむくらいでいればいいのに、この男はいつだって妙なところで意固地だ。理性を手放すのを嫌がって、他の誰を自分勝手に巻き込むのも嫌がって――他の誰にぶつけたくなくても俺がいるだろう、と思う。こんなことを思うのだって独占欲なのだろうか。頭の隅で思い浮かんだそんなことを、それならそれでいいか、と太刀川は思い直す。
力の入りにくい腕をどうにか動かして、迅の首に回してぐっと引き寄せる。不意打ちに驚いたような迅の顔を間近に見て、充足した気持ちで太刀川はにまりと口元で笑った。
「気持ちいいから、っ……、もっと、くれって」
は、と吐き出した自分の息がいやに熱くてまた笑えてしまった。太刀川の言葉を受け取った迅は元々火照って赤かった顔をさらに赤くして、太刀川の呼吸ごと食らうみたいに唇を奪ってきた。キスはすぐに深いものに変わって、絡んだ舌の熱さと感触にぞくぞくとする。迅の舌になぞられる度とろりと自分の先端からまた溢れたものが、先走りなのか精液の残滓なのか自分でももう分からなくなった。
長いキスが終わったと思えば、迅の手が頭の上に伸びてくる。と、こちらの兎耳の生え際のあたりを迅の指がゆっくりとなぞってきて、その感触に大袈裟に体が跳ねてしまった。
「ん、っぅ、あ、じん……ッそれ、やば、い」
言っている途中にも迅は耳への愛撫を止めなくて、言葉の端々が体と共に跳ねてしまう。
兎の耳の付け根は敏感で、平時ならともかく今のようにすっかり体の熱を上げられた時――しかも発情している状態であれば尚更である。その上迅の触れ方もわかりやすくいやらしい。軽く触れられるだけでも気持ちが良くて、体がびくびくと震えた。ふ、と迅の息が耳に触れて、そんなわずかな刺激すら快楽となって体を痺れさせる。
快楽にじわりと滲んだ視界で、迅がひどく興奮した顔でこちらを見下ろしているのが分かる。普段のすました顔とは全然違う、真っ赤で、必死で、こちらへの欲情を隠しもしない表情にたまらなく興奮した。後ろをぎゅうと締め付けてしまえば、中にいる迅の形も熱さもよく分かる。迅がそれに短く息を吐いた後、再び腰の律動を再開させればもう、あっという間に体がまた頂点に押し上げられていく。
「~~じ……ッ、ん、ぁ、ダメだ、またイく……っ」
「ん、おれも、……ッ」
そう言った迅が、ぐっと腰を深くまで押しつけてくる。耳を愛撫されながら昂った熱で奥を突かれればもうダメで、視界が白んで口からは止めようもなく甘ったるい声が零れた。太刀川が達した直後に迅も達して、内側に再び熱いものが注がれる感覚も熟れきった体は快楽と幸福しか受け取りはしなかった。
弛緩した体で荒い息を吐き出しながら迅を見上げる。そうしたらひとつ年下の恋人はひどく油断した気持ちのよさそうな顔をしていたから、太刀川は今日ここまでに感じていたこの男に対する呆れも少しだけ拗ねたような気持ちも全部どうでもいいような心地になってしまった。
そうして好きだと思えば同じくらいの強さでまだ触れていたいと思ってしまって、キリがないなと笑えて、でも再びこちらを見た迅の瞳にも同じ欲が宿っているのが分かればやっぱりお行儀よく止めようなんて到底思えない。首に回したままの腕に力を込めて強請ると迅が苦笑して、「……おれも」と素直に言ってきたので、その頭をくしゃくしゃに撫でまわしてやった。