ぜんぶおれだけ
自ら腰を動かすと弱いところに擦れたのか、太刀川の体がぶるりと小さく震えた。こちらの腹についた手に力が籠もって、背が快楽を逃がすためにか丸まる。それとほとんど同時に中がきゅうと締まって、その刺激にこちらも声を上げさせられてしまった。薄暗い部屋の中で、迅の上に乗った彼の口角がにやりと上がるのを見つけて本当にこの人はと負けず嫌いの血がむくむくと頭をもたげる。
動いちゃダメなんて言われてないし、と心の中で言って下からぐんと突き上げてやると、先ほどよりも大きく震えた太刀川が「ぅあ、」と甘い声を上げる。それにぐんと満たされた気持ちになって、下からまた彼の好きなところを突いてあげれば上から聞こえる声と呼吸の音がさらに忙しなくなった。そして一緒に中もまた締まるので、こっちだって一緒に追い詰められる。だけどこの人より先にイきたくないなんて意地になって、気付けば片手ではおさまらないほど交わしてきた交情の中で知った彼の弱いところを責めたてる。そして太刀川もされるがままでいるはずもなく、こちらを搾り取るように中を締め付けながら腰を動かして快楽を追った。
「ぁ、あ、……っ!」
声を上げた太刀川が体を震わせる。思わず力が抜けたのか顔を俯かせた太刀川の性器はすっかり固く勃ち上がってとろとろと溢れる先走りで濡れそぼっていた。絞った照明の淡いオレンジ色の光に照らされたその光景の淫猥さに、思わず迅はごくりと喉を鳴らしてしまう。彼もきっともう、限界が近い。
薄暗い室内では、俯いた太刀川の表情は前髪が影になってよく見えなかった。今どんな顔をしているのかと、思ってしまえばどうしても見たくなってしまった。
「太刀川さん、顔、みたい」
するりと腰を手で撫でながらそうねだってみる。顔を上げてくれるだろうか、とどこか甘やかな気分で彼の反応を待っている、と――
「~~、……ッあ!!」
ぎゅう、と明らかに性感のせいではなく強く後ろを締めつけられて、油断していたせいもあって思わずあられもない声を上げてしまった。今達しなかったのは奇跡と言ってもいい。敏感な箇所への強い刺激に目の前が一瞬ちかちかとしている間に、こちらを見下ろす太刀川がくつくつと肩を揺らして笑っていた。今の行動は迅の要求へのNOの返事なのだろうが、手荒すぎやしないか。本当にこの人は、と短い時間の中で再び思わされてしまう。
「あのさあ――」
抗議の声を上げようとしたところで、ふと気が付いた。
淡い色の照明に照らされた太刀川の耳が、笑った拍子に前髪が揺れて覗いた目尻が、じわりと赤く染まっていることに。
がばりと上半身を起こして彼との距離を詰める。その拍子に内側の角度が変わったのか太刀川が「っ、あ」と声を震わせる。「おまえなぁ……、っ」と言いかけた太刀川に構わず、太刀川が迅をまたぐように座った体勢で向かい合って彼の髪に触れた。顔に影を落とす邪魔な髪を手でぐっと奥へと寄せて、遮るもののなくなった彼の表情を至近距離で見つめる。迅の意図に気付いた太刀川は眉根を寄せるが、この距離では薄暗くたって隠しようもない。
「……太刀川さ、ん」
思わず、は、と迅は息を吐いた。興奮を逃がすためだ。
至近距離で見つめた太刀川の顔は上気して、快楽に蕩けていた。普段から茫洋なその瞳はうっすらと熱っぽく潤んで、わずかに揺れながら迅を見ている。
普段の太刀川からは考えられないような、色気に濡れた顔。迅がじっと見つめると、少しだけ気まずそうに視線を泳がせた。そのさまに、まさかと思った考えが確信に変わる。
「感じてる顔見られるの、恥ずかしかったの?」
太刀川は何も言わない。その沈黙は肯定と同義で、迅は自分の体温がかっとまた一気に上がるのを感じた。
最初から体の相性は悪くなかった、と思う。だけどこんなにも蕩けた顔は、あまり見たことがなかったのだ。行為を重ねるうちに太刀川の体が慣れてきたのか、それとも互いに気持ちいいところを知っていったからか――それでこんなふうになったのが恥ずかしくなった? あの太刀川さんが?
ねえ、と太刀川に再び声をかけると、太刀川は静かに息を吐いた後迅の肩口に顔を埋めようとする。だから迅はそれを両手でぐっと阻んで、太刀川の耳元で囁く。
「ダメ。顔見せて、声も聞かせて、太刀川さん」
吐き出した自分の息の熱さも自覚していた。熱に浮かされたような声で囁くと、太刀川の肩がぶるりと感じたように震えたことにまたどうしようもなく興奮させられる。太刀川は観念したようにその目を一度軽く伏せた後、再び迅を見た。この赤く蕩けた顔も、潤んだ瞳も、全部自分のものだと思えばどうしようもないほどの興奮と優越感に襲われる。
「我儘だな」
呆れたような色を含んだその声に、しかし許されているとも同じくらいに感じられてしまった。
「うん、そうみたい」
だから、ねえ、もう一回動いてみせてよ。それで全部、おれに見せて。そう囁いたらこの人はどんな顔をするんだろうか。普段は人には絶対できないような我儘じみた振る舞いだって、この人の前ではしたくなってしまう。どんどんと欲が出る。底が見えないその衝動をいなすように触れたままの頬を指先でなぞれば、煽られたように太刀川が熱を宿した瞳を細めた。