おしえてとかして
ゆっくりとした動きで一番奥に触れると、それだけで太刀川の呼吸が揺れたのが分かった。ほんのわずか、先端が掠めたというくらいの刺激なのに反応が目に見えて分かって、迅は口の端がついつり上がりそうになってしまう。本当に好きだよね、ここ。と、そのこと自体にもそれを知っている自分自身にも、腹の奥から湧き上がる優越感に体が支配されていくようだった。
このまますぐに動いても、あるいは奥に押しつけてもよかったのだけれど、今日はあえてそれをしない。代わりにその場所からするりと遠ざかって、少し浅めの場所で止まる。迅の動きに、太刀川がこちらに視線を向ける。まだ整わない呼吸、上気した頬、そしてどこか、物足りなそうな顔。その顔を待っていた、という気持ちで、迅は太刀川を見つめ返して口を開いた。
「ねえ太刀川さん」
言いながら、今度こそ自分の口の端がつり上がってしまうのが分かった。きっと自分はひどく性質の悪い顔をしているのだろう。しかしそれを繕うほどの心の余裕は自分にはなかった。今だけじゃない。この人の前では、いつだってそうだ。
つ、と、指の腹で太刀川のきれいに整った腹筋の筋をなぞった。太刀川の肩がぴくりと揺れる。遊ぶように肌を撫でていった指先が止まったところは、挿入した時、ちょうど迅のものが届く一番奥のあたり――太刀川が弱くて、そしてすごく好きな場所。
「――どうしてほしい? おれにどうされたい?」
ふたりきりのベッドの上に、欲に濡れた声が落ちる。
そんなの、聞かなくたって本当は分かっている。知っている。だけど聞きたかった。
この人の声で、言葉で、おれを強請ってほしかった。
随分と我儘になってしまったものだと自嘲する。だけどこの人のことになると、日頃隠していたとすら思わない自分の奥底にある熱を、欲を、そして子どもじみた優越感や独占欲も全部引きずり出されてしまう。
この人にだけだ。自分が欲しいと思うのと同じくらい、この人にも欲しがってほしいなんて、そんな我儘を思って我慢がきかなくなってしまうのは。ひとつ許されたらまたひとつ、欲しがってしまう。際限がない。
そしてそんなふうになってしまったのも、この人がいつだっておれのことを許してしまうからなのだった。
迅の言葉を受け取った太刀川は、ふ、と短く息を吐いた後まるで意趣返しのようににやりと笑ってみせる。
「奥、……おまえので、突いて」
太刀川の手が、太刀川の腹をなぞっていた迅の手に重ねられる。薄く汗ばんだ手は熱くて、だけどそれはお互い様か、とすぐに思い直した。
すう、と太刀川の目が挑むように細められる。負けず嫌いで、だけどひどく色っぽい。熱と欲を揺らした、迅の大好きな目だ。
「ぐちゃぐちゃにかき混ぜてくれよ。……なあ、迅?」
鼓膜を揺らしたその言葉に、へらりと笑った唇の隙間から覗いた舌先の赤さに、カッと頭が血が上ったように熱くなる。
予告もなく無遠慮に、一気に奥まで突き上げると太刀川が「ぁあ、あッ……!」と大きく声を上げてびくりと体を震わせる。後ろがきゅうと締まるのと同時に、どろりと先端から透明な液体が零れ落ちて、太刀川の腹筋をしとどに濡らす。反応の大きさに軽く達しかけたのかもしれないと思ったが、もう止まれそうにもなかった。
奥に何度も擦りつけて、太刀川の好きなところを突いてやると、太刀川の口からはひっきりなしに声が零れる。濡れたその声をもっと聞きたくて、もっとよくしてあげたくて、何度もそれを繰り返した。
「太刀川さん、って、ほんとおれを煽るの上手いよね……っ」
我儘を受け入れてくれた、その声で強請ってくれた嬉しさと、まんまと我を忘れるほど煽られた悔しさと、その両方が入り交じった気持ちで律動の合間に言えば、太刀川はにやりと嬉しそうに笑う。
「そりゃ、っ、……光栄だな」
あとはもう、獣のようにお互いを食い合って荒い呼吸と濡れた声を交わし合う。熱くて、気持ちよくて、繋がったところから、あるいは触れ合った肌からとけてしまいそうだと思ってそれすらを幸福と思った。体も心も、ぐちゃぐちゃにされているのはもしかしたら自分の方なのかもしれない。ああ悔しい、かなわない、でもそれだって嬉しくてどうしようもない。
もうお互い意味のある言葉なんて吐けなくなって、限界が近づいているのが分かる。気持ちがはち切れそうになって、口から小さな声でひどく柔い本音が零れた。今なら聞こえていないと思って、油断したのだ。
「好き、だ」と、そう零せば、潤んで焦点がぼやけかけた瞳がすうと迅の方を見る。そして目元だけで優越感に満ちた色を湛えて太刀川が「俺も」と笑った。
ぐちゃぐちゃになってもちゃんと聞いてるのずるくないかなあ、と思ったけれど、それにはもう返事をせずに「……っ、イくね」とだけ言って一際深く腰を押しつける。
一番奥でほとんど同時に達して、ぼんやりとした頭の中でさっきの太刀川の声が頭の中で響いていて、じわりと熱くなりそうな顔を隠すために力が抜けたふりをして迅は太刀川の肩口にそっと額を押しつけたのだった。