holiday in the room
「っあ~~~~!」
迅の大声が部屋の中に響き渡るのと同時に、画面の中では迅が操作していたキャラクターがコミカルな効果音と共にコースの端に吹っ飛ばされる。その隙に太刀川が操作していたキャラクターが横をすり抜けて見事ゴール、元気にウイニングランを決めた。太刀川がここぞというタイミングで放った甲羅のアイテムで吹っ飛ばされた迅のキャラクターはくるくるとスピンして、その間にコンピューターが操作する他のキャラクターたちにも続々と追い越されていく。迅のキャラクターがようやくゴールをしたのは、随分と順位を落としてからになってしまった。
ここまで十回勝負をして、十勝零敗。迅との最近のランク戦であれば考えられない勝率だがこれはランク戦ではない。ようやく勝てそうだったところをひっくり返されたのがよっぽど悔しかったのか、隣でコントローラーを床に置いてベッドに力なく仰向けに頭を凭れさせた迅に、太刀川はにやにやとした笑いを抑えられないまま聞いてやる。
「ゲームじゃ働かないのか? おまえの未来視は」
「視えてるんだよ! 視えてるけどボタン操作が追いつかないんだって……」
視線だけこちらに向けた迅は、そう言って不服そうに頬を膨らませて唇を尖らせる。基本的にかっこつけなこの男が普段じゃなかなか見せないほどの子どもじみた拗ねた顔だ。迅にこういう顔をさせてやった嬉しさに、口角がまた緩むのを止められない。そんな太刀川を見た迅は、「その顔むかつくんだけど」と言ってさらにへそを曲げてしまった。もはや八つ当たりのような口調である。
この太刀川の部屋には普段はゲーム機など無いのだが、今日はちょっと隊室から借り受けていたのだった。
太刀川隊室にあるゲーム機はほぼ全て国近が持ち込んだ私物であるが、国近がいつも使ってるハードの一つのマイナーチェンジモデルが出たとかで、発売日に早速それをゲットしてきた国近のおかげで隊室には数日前から新しいモデルのそれが鎮座するようになった。
そこで議題に上がったのは、まだ使える旧モデルをどうするかということである。
いつものように国近のゲーム機やゲームソフトを保管している棚に移動させようかと思ったが、太刀川が最近隊室でたまに遊んでいたゲームがちょうど途中だったのだ。もう使わないなら少しの間借りていいかと聞いてみると国近からは快くOKを貰ったので、ありがたく借りることにしたのであった。
それでゲーム機を持ち帰ってきた――はいいものの、機械モノにはめっぽう弱い太刀川だ。テレビに繋ぐための配線に困っていたところちょうど家にやって来たのが迅だった。
これ幸いと配線を手伝ってくれと言えば「おれ便利屋じゃないんだけど?」と呆れたように肩を竦めつつもなんだかんだ手伝ってくれた迅のおかげで無事にテレビに繋ぐことができ、上機嫌のまま「じゃあゲームしようぜ」と迅に持ちかけた。今回ゲーム機を持ち帰ってきた目的であるプレイ途中のアクションRPGの他にも、ゲームソフトをいくつか隊室から借りてきていたのだ。そのうちの一つである、有名なキャラクターのレースゲームのパッケージをカバンから出して迅に見せる。そうしたら迅も「いいよ」とにやりと笑って二つ返事で了承したから、自信でもあるのか、ならば覆してやろうとわくわくしていたのだが。
「おまえゲームへ……上手くなかったんだな」
「わざわざ言い直される方が傷つく」
こちらの心遣いをぶうたれた顔で切り捨てた迅が、ごろりと寝返りを打つように姿勢を変えた。腕を枕にするみたいにしてベッドに半分顔を埋めてから、はあと短く息を吐いて迅は言葉を続ける。
「しょーがないじゃん、ゲームとか友達の家でちょっと触らせて貰ったくらいしかやったことないし」
「ああ、それなら俺だってそうだぞ。太刀川隊ができてからは隊室にいつも国近のゲーム機があるから、それで暇なときにちょこちょこやるようになったけど」
そういえば玉狛にはゲーム機とか無さそうだったな、と今のボーダーができて間もない頃遊びに行った時の記憶を思い出しながら言うと、玉狛はボードゲーム派なもんで、と返ってくる。確かに玉狛にはテレビゲーム好きはあまりいなさそうだし、あの大所帯でボードゲームをやったら楽しそうだ。
やる前はあんな自信ありげな顔をしていた迅は、この大敗は予知していなかったのか。いや迅のことだ、可能性が視えていたってそれを覆してやろうくらいのことを思っていたのかもしれない。慎重な判断が必要な事案であればさておき、こういうどうでもいい勝負の時なんかは自分の予知に対してもこの男は負けず嫌いを発揮することがあるのだ。
この男のそういう面倒くさくて負けん気が強いところこそを、昔からずっと好ましいと思ってきた。
流石にこの連戦連敗があんまり悔しいのか、ベッドから半分覗く迅の表情はまだ拗ねたそれのままだ。その顔が普段よりずっと年相応、を通り越してひどく子どもっぽくて、太刀川はついまた喉を鳴らして笑ってしまった。
「ほーら、迅。かわいい顔してないで」
続きをやるのかどうするのか。テレビ画面の中ではレースの結果発表も終わって、メニューの画面に戻っている。再戦をするというなら勿論受けて立つし、もう十分遊んだからぼちぼち休憩というのでも構わない。そう思っていると、視線を動かしてじっとりとした目で太刀川を見た迅が、ようやく緩慢な動きで顔を上げた。
お、起きた、と思っていたらその迅の顔はふっと近づいてきて流れるような仕草で唇を奪われる。
ぐ、と強めに唇を押しつけられた後、熱い舌が唇のあわいをなぞってくる。拒む理由などどこにもないので、強請られるまま唇を薄く開いて迅の舌を受け入れた。手に持っていたコントローラーは邪魔なのでノールックで適当に床に置く。そうしてキスに集中する体勢をみせると、口付けはあっという間に深いものになった。
触れて、絡ませて、押しつけて、互いに好きなように相手を貪る。舌が奥の方まで入り込んできたのと一緒に半ば流し込まれるようにした迅の唾液が自分のそれと混ざり合って、溢れそうになって咄嗟にごくりと飲み込む。それでようやく満足したのかゆっくりと唇を離した迅と至近距離のまま見つめ合った。
我儘ぶった表情はそのままに、迅はいやらしい顔で濡れた唇の端をにやりとつり上げて笑う。
「じゃあもっとかわいー顔、あんたにさせてやることにする」
そう挑戦的に言って見せた迅の瞳に灯る確かな熱をみて、思うよりも早く、背筋がぶわりとわなないた。
「へえ……、そりゃあ楽しみだな」
太刀川が返せば、満足げに目を細めた迅がすぐにのしかかってくる。迅がこういう顔をするときは妙なスイッチが入っていて、だいぶ性質が悪いということは経験上知っていた。
でもそれすらも、太刀川にとっては期待と楽しみにしかならない。
いつもはその目で未来ばかり視てあれこれ色んなことを考えて動き回っている迅が、今この瞬間太刀川だけをその目に映して、自分の欲にすっかり素直になるさまを見ることが、楽しくないなんてわけがないのだ。
迅が再び唇を重ねてくる。無遠慮にニットの隙間から腰に触れてきた手のいつからか馴染んだ温度に、こちらの体温も自然上がっていく。
薄く目を開けると、至近距離の迅の奥にちらりとまだ点いたままのテレビ画面が映る。そういえばまだ消していなかったなと思って、そんなこと放っておいてこちらを貪ろうとしてくる迅に少しの呆れとそれ以上の高揚を感じた。
一度離れた迅が、もっとと角度を変えて強請ろうとしてくる。これ以上行ったらこのままなし崩しになると経験上分かっていたので流石に「ゲームの電源くらい先に落とさせろよ」と待てをかければ、迅は「ああ、……」と妙に気まずそうな顔をする。どうやら本当にすっかり頭から抜けていたらしいとその表情で分かって、かわいいやつ、とまた口に出してしまいそうになったけれど、ようやく機嫌を直した迅のためにそれはやめてやることにしたのだった。