きみのためだけねつとよる
ぞくりと体に悪寒に似たものが走る。あ、来たな、と思ってすぐに体がじわりと熱を持ち始めて、それはすぐに全身に伝染して太刀川の呼吸を荒くさせた。
(思ったより早かった、な)
始まる瞬間は悪い風邪を引いた時に似ている、と太刀川は思っている。けれど風邪であれば全身の体温が上がるだけであるが、この時――オメガ特有の発情期との違いは、熱の中心が己の下半身であるということだ。
大体の周期は分かるから対策は取れるが、発情期が来る瞬間というのはいつも突然だ。来た、と思ったらあっという間に全身が熱くなって、下半身が疼いて、気持ちよくなりたいということしか考えられなくなってしまう。
現代では抑制剤である程度のコントロールは可能にはなったが、太刀川は恋人、そして番が出来てからは抑制剤は必要最低限しか飲まないようになった。ボーダーも含め今は大半の企業や組織では第二の性に起因する休暇制度もしっかり整備されるようになり、無理なく休むことができるようになったということもある。
そろそろ発情期が来るということは予想できていたから、太刀川は今日から数日間の休暇を取っている。太刀川の恋人であり番である迅は今日は仕事に行っているが、明日は太刀川と同じく休みだ。それで間に合うと思っていたのだが、予想より少しだけ早かった。
「っ……あっ、つ」
ぶるりと体が震える。発情期になると肌に触れるものすべてに敏感になって、服が擦れる刺激にすらわずかにぞくりとしたものを感じてしまう始末だ。天気が良かったから干していた洗濯物を取り込んで畳んでいたところだったが、この状況では作業を続けられそうもない。全部取り込み終わっていてよかった、と思いながら太刀川はリビングの隅に洗濯物を放置して、熱を持った体を引きずるように寝室へ向かった。スマホは確か、寝室に置いたままだったはずだ。
触ってもいない下半身が、ズボンの上からでも分かるくらいに既に勃起し始めている。触りたい、という衝動を堪えて、太刀川はスマホを手に取った。メッセージアプリを起動して、迅とのトークルームをタップしてメッセージを送る。
『発情期きた』
それだけ書いて送信をすると、太刀川はベッドの上に再びスマホを投げ出した。向こうは仕事中だろうから邪魔をするのは本意ではないのだが、発情期が来たらすぐに知らせてくれと迅に口を酸っぱくして言われていたからだ。メッセージを送っておけば、適当に頃合いを見て帰れそうな時に帰ってくるだろう。
そう思っていると、すぐにスマホが二度震えた。見ればメッセージの送信者は、今さっき連絡したばかりの迅である。
『わかった』
『できるだけすぐ帰る』
返信を見て、太刀川は「こーいう時は早えーの……」とつい苦笑してしまった。普段はたいして返信が早い方でもない迅が、こういう時ばかりはこの即レスである。呆れ半分、こういう恋人の可愛げを愛しく思うのが半分だった。
二人で暮らすこの部屋は本部からそう遠いわけではないが、ものの数分でたどり着けるというほどの近さでもない。だいたい向こうは仕事中だ、迅はああは言ったが途中で切り上げられるかどうかも分からない。
だから、迅が帰ってくるまでどう凌ぐか。
何十分、あるいは何時間も無視して放っておけるほど、抑制剤なしでのオメガの発情期は甘いものではない。今だって全身が熱くて、今すぐ触りたくて仕方がないのだ。一番疼いているのは体の奥なのだが、それは迅に埋めてもらうほかないと分かっている。
(とりあえず、何回か出しとくか……)
面倒くさいと思ってズボンとパンツを一気に脱ぎ去って、下半身を露わにする。何もしていないのに勃起した性器が外気に触れてふるりと震えた。それに手を這わせると、それだけでぞくぞくとした快楽が沸き起こる。触りたい、擦りたいという強い欲求に抗わず太刀川が手で何度か扱くと、昂ったそれはあっさりと弾けた。
「……ッあ、ああっ!」
体が震えて、ぴしゃりと呆気なく白濁が自分の手を汚す。普段であれば一度出したら萎えるはずのそれは、しっかりと硬度を保ったままだ。全然足りなくて、まだ欲しくて、再び手で扱く。たかが手淫だというのに口からは声が何度も零れて、頭が熱くなる。何度かそうやって吐き出して、でもそうやって気持ちが満たされるのはほんの一瞬でしかなくて、すぐにもっと欲しくなった。出すごとに、今触れているところよりももっと別の場所が疼いていることに気づかされる。
「っ、は……」
吐き出した自分の息が熱をもって震える。そこに触れたいという自分の衝動に気付いてほんの一瞬だけ躊躇ったけれど、頭を揺らす熱には抗えず、太刀川は自身の精液で汚れた手を今度は後ろに這わせた。そこは発情期のオメガ特有の愛液で既にとろとろに濡れていて、太刀川の指が触れただけでひくりと誘うように震えてみせる。快楽への期待に心臓が音を立てて、そこに指を埋めるのはすぐだった。
今は受け容れるために拓かれた穴はあっさりと太刀川の指を飲み込み、きゅうきゅうと中へと誘う。入口の浅いところに指先で触れてみたが、それでは全然足りないと思ってすぐに二本目も挿入した。二本の指を呑み込んだ穴は、期待するようにまた愛液を滴らせたので太刀川の指は自身の精液と愛液でしとどに濡れる。後ろの穴での自慰の経験はそう多くない。だから普段の迅の指の動きを思い出しながら、太刀川は自分の内壁を探るように撫でていく。
「ぁ、……っは、あ……ぅあ、」
疼いている中に直接触れる刺激に、体が喜んでいるのが分かる。気持ちいい。もっと欲しい。この先の快楽を知っている体はどんどん貪欲になるのに、しかし自分の指ではうまく触れない。ぐちゅぐちゅと淫猥な水音を立てながら内側を探って、前立腺を指先が掠めるとそれを快楽だと頭で認識するよりも早く体が大きく跳ねた。
「ッあ! ~~っ、ひ、あ、……あ」
きゅうと後ろが大きく締まって、今の気持ちが良いものをもう一度味わいたくて自然と指が動く。捏ねるように自分の指がそこを愛撫するとびくびくと体が勝手に跳ねて、声を止めることができない。押すたびにカウパーでどろどろになった性器から白濁がどろりと零れて、触れる度軽くイっているのかもしれない。気持ちが良くて、だけど一番好きなところはもっと――
「っ、あ……っく」
指を伸ばして、そこに触れようとする。だけどうまく届かない。自分の指じゃそりゃそうか、と思うのに、熱を持った体はそれを今すぐに欲しがる。迅の性器を挿れられて初めて届く場所、太刀川のナカの一番奥。そこがずっと疼いているのだ。だいたい、指じゃ太さも全然足りない。ちらりと枕元に置いたままの自分のスマホを見たが、何も通知は届いていないようだ。まだ職場を出られていないのかもしれない。
(早く欲しい、けど)
疼いてたまらない気持ちをどうにか抑え込む。なんでもいいから早く帰ってこいと言いたくなる気持ちを、迅に対する思いと矜持が堪えさせた。何が何でも自分を優先しろだなんて、そんな我儘を言うのは太刀川にとって本意ではないのだ。
(あ、……そういや、アレ)
不意に思い出したことがあって、一旦自分の指を抜く。そこを埋めるものを失った穴は切なげに震えてみせたが無視をして、太刀川は熱に浮かされて怠い体をどうにか起こした。ベッドサイドの収納の一番下の棚、その一番奥に仕舞ったはずなのだ。
目的の棚を漁ると、それは太刀川の記憶通り引き出しの奥底に眠っていた。眠っていた、と言っても買ったのは比較的最近なのだが。酔っぱらったノリでなぜか購入して、しかし迅に見せれば「おれはあんまそういうのは」と言われて一度も使われることがなかったそれを太刀川は取り出す。太刀川だってただ謎のノリで買ってしまっただけで本気で使いたかったわけではないから、一人でも使うことはなかったのだ。
ただ今は、この奥の疼きを満たしてほしい気持ちが太刀川の頭を痺れさせた。指よりは奥へ届いてくれそうなそれ――いわゆる大人のおもちゃ、バイブを手に太刀川は再びベッドに戻る。腰を浮かせ足を広げて、それを挿入しやすい態勢をとった。
(とりあえず、挿れればいいんだろ)
は、と短く息を吐いてから、太刀川はそれを自分の中にゆっくりと埋めていく。指よりも太い、しかし無機質な感触のそれに、太刀川は体を震わせた。いつもの迅に触られる感触とは随分と違ったからだ。だけど快楽を欲しがって仕方ない体は、中を擦るその無機物の感触にも素直に感じてみせた。欲しかったものがほんの少しだけ満たされて、すぐにもっと欲しくなって、奥へとそれを滑らせる。太刀川が感じる度分泌される愛液のおかげで、ローションを使わなくても挿入には何の問題もなかった。
「ぁ、っ……あ、あ」
ずぶずぶと中に埋まっていくその感触に、そのたび声を零してしまう。持ち手の部分のぎりぎりまで挿入すると先ほどの自分の指よりはずっと奥まで入ったけれど、しかし欲しかった部分にはまだ届かなかった。
(……あいつの、結構デカいんだな)
そんなことを思いながらも、しかし今届く一番奥はここまでだ。足りないものは仕方がない。それよりも挿入したまま動かされないそれに体が疼いて、自然と擦りつけるように腰が動いてしまう。埋めただけではこの体はまったく、物足りないのだ。だから太刀川は持ち手の部分を手で探って、目的のスイッチを押す。
「~~ッあ!!」
びくん! と自分の体が大きく跳ねた。しかし中の機械はそれに構わず、ヴヴヴ、と音を立てて震えて太刀川の内側を擦る。
「あ、~~っひ、あ……、ッ!!」
最初の刺激で一度軽く達したのに、敏感になった体の中で震え続けるそれが容赦なく太刀川を攻め立ててくる。びく、びく、と何度も体が跳ねて、前から精液がとろとろと零れる。少し休ませてほしい気持ちと、もっと擦られたい気持ちとが相まって中をきつく締め付けてしまう。そうしたら中の形と振動がより鮮明になって、さらに熱くなった体は素直に感じてみせた。
「ぃ、あ、……ああっ、あ、~~ッ! っう、」
体の力がうまく入らなくなって、ベッドに横になったままただ与えられる快楽を貪る。際限がないそれに、一旦バイブを止めようか、と頭の中でちらりと掠めるのに発情期の貪欲な体はもっと快楽を欲しがる。
本当に欲しいものは別にあるのに。
もっと熱いそれが欲しい。あいつのじゃないと届かない場所がずっと疼いて仕方ない。こんな機械じゃ即物的な快楽は得られても、全然、心の底の飢えが満たされるわけじゃないのだ。
少しだけ虚しさを覚えて、しかし体は勝手に高められていって、気持ちと体がうまく噛み合わないような感覚になる。こんな感覚を覚えるのは太刀川にとってひどく慣れないことだった。
やばい、またイく、と思った瞬間――玄関からガチャリと音が聞こえた。
熱に浮かされた今の太刀川の頭ではそれが何を示すことなのか、一瞬うまく考えられない。しかしそうこうしている間に忙しない足音が近づいてきて寝室のドアが開いた。
「ぁ、……じ、ん」
まだスーツ姿の迅がベッドの上の太刀川を見下ろす。瞬間肌に纏わりつくようなアルファのフェロモンと、どろりとした迅の欲に濡れた青い目に、ぶわりと太刀川の体の熱がまた一段階上がるのが分かった。まだ中で蠢いたままのバイブの刺激も相まって、再び太刀川は迅に見つめられながら体を震わせて達してしまう。
こちらを見た迅は一瞬驚いたような表情をした後、どこか悔しそうな表情で眉根を寄せてベッドに大股で近づいてくる。その間にスーツのジャケットとネクタイを床に放って、ベッドに片足を乗り上げて太刀川を見下ろした。その手で太刀川の中に埋まったバイブのスイッチを切ってから、迅は太刀川に言う。
「ごめん、遅くなった」
「いや、じゅーぶん早いだろ……仕事大丈夫かよ」
ようやく止まった刺激に安堵する思いと、与え続けられていた快楽が止まって体が勝手に切なくなるような思いが同時に太刀川の中にあって、小さく息を吐いた。迅を待っている間ずっと一人でシていたから正確な時間経過は分からないが、そんなに長い時間は経っていないはずだ。迅の言葉に太刀川が思わずそう返せば、迅はへらりとわざとらしく笑ってみせる。
「ちゃんと最低限終わらせてきました。実力派エリートをナメないでよ」
言ってから迅は、バイブの持ち手を持って「……抜くね?」と聞く。迅が来たならもうそれに何の用もないので太刀川が頷くと、迅はそれを太刀川に負担がかからない程度の速度で抜く。その抜かれる刺激にも太刀川は体を震わせてしまったが、迅は抜いたバイブを雑な動きでベッドの下に放った。
「だって、ソレ使うくらい足りなかったんでしょ」
「そりゃまあ、試しにってとこもあったけど……でも、結局足りなかったな」
そう言えば、少しだけくさくさしたような雰囲気だった迅の表情が少しだけ和らぐ。その反応を見て、ああ、と太刀川は合点がいった。
「もしかして、バイブに嫉妬したのか?」
太刀川の言葉に、ズボンのベルトを外しかけた迅の動きがぴたりと止まる。迅は唇を引き結んだ後、「……悪い?」と拗ねたような口調で言う。
「おもちゃだろうと、おれ以外が太刀川さんを気持ちよくしてると思うと嫌なんだよ」
そんなことを言う迅に、こんな時だというのに太刀川は思わず小さく笑ってしまった。それをからかわれたと思ったのか、迅はますます拗ねたような表情になる。
「そんなの、比べるまでもないだろ。筋金入りだな」
「悔しいけどベタ惚れだからね」
言いながら迅がズボンを脱ぐ。薄いパンツの布越しに迅のそれが既に形を成しているのが分かって、太刀川は期待にこみ上げてきた唾を飲み込んだ。ようやく一番欲しかったものを目の前にした自分の穴がひくりと疼いて、また愛液を零すのが分かる。
「おまえのじゃなきゃ足んねーよ。……迅、ずっと、奥が疼いてんだよ」
はやく、と強請った声は欲に掠れていた。頷いた迅はパンツも脱ぎ去って、ベッドサイドの棚から取り出したゴムを手早く勃起した自身に着ける。挿入しやすいように迅に脚を抱えあげられて、すっかり濡れそぼった穴が迅の眼前に晒される。それに羞恥を感じる以上に、この身体は期待を覚えるようになってしまった。
「ローションはいらなそうだね……。太刀川さん、挿れるよ」
そう言ってすぐ押し入ってきた待ち望んだ質量は、ゆっくりだったのは最初だけで途中から我慢がきかなくなったみたいに一気に太刀川の内側を貫く。その刺激に太刀川は声もなく体を大きく震わせて、目の前が一瞬白く瞬く。ずっと欲しかった一番奥まで埋められた迅のそれに、なんの抵抗もできずに深くイってしまった。
「っは……太刀川さん、イっちゃったね、きもちい?」
言いながら迅が奥にこつこつと先端を当ててくるものだから、達したばかりで敏感な体はその刺激にまたどうしようもなく快楽を拾ってしまう。
「~~ッ、ぁ、あ、じん、」
そうやって触れられるのは、やばい。もっと欲しい。止めてほしいのか止めてほしくないのか自分でも分からないまま喘いで目の前の男の名前を呼んだ。そうしたら迅は、やわらかい表情で目を細めて太刀川を見る。しかしその目の奥には、ひどく高い温度の欲が揺れていた。
「奥、触る度にきゅうきゅう締め付けてきてる。……いーよ、もっと気持ちよくなろ? 太刀川さん」
甘い声で囁いた迅は、一度大きく腰を引いた。あ、と思った次の瞬間には再び深くまで打ち付けてきて、震える体も声も堪えることはできやしない。
一人でしていた時とは全然違う、強くてひどく甘い快楽に浸される。なにより迅が与えてくるものだと思えば、自然と自分は無抵抗になってしまう。それはバース性がもたらすものでも、番の本能がもたらすものでもなく、恋人として短くはない年月で築き上げてきた迅に対する深い信頼だった。そうやって拓かれた体は、快楽をより深く享受してさらに溺れていく。
「ぁ、ああ、~~っ、あ、……っ迅、ッ」
名前を呼ぶと、迅が「うん」と頷く。それを熱に溶けた思考の中で嬉しく思って、また奥を突かれて強い快楽に体を震わせる。反射的に後ろを強く締め付けてしまうと迅が息を詰めた音が聞こえて、「太刀川さん」と呼びかけられた。
「ごめん、おれももう無理、我慢できない。……ちょっと好きにさせてね」
興奮を堪えるような低い声でそう囁かれて、「いいぞ」と言った声はちゃんと声になったのか分からない。宣言した後すぐに先ほどまでよりずっと強く腰が動かされて、激しくなった律動に何も考えられなくなってしまったからだ。
「ひ、……ッああ、あ、っ、~~!!」
もう達しているときと達していない時の境目がないくらいずっと気持ちが良くて、目の前がちかちかして、何も考えられなくなる。迅の「ッあ、……っ」と抑えきれなかったような喘ぎが耳に届いて、たまらなく興奮した。もっと来てほしい。この男もおんなじだけ溺れてほしい。そう思って、遊びに誘うみたいに一際強く中の迅を締め付けた。バイブとは全然違う、よく知ったその形を内側に感じて愛おしさすら覚えてしまう。これじゃないとやっぱり俺も嫌だなと熱に浮かされた頭で思った。
強く締め付けられた迅はまた小さく喘いだ後、「~~も、イくね」と言った後再び一番奥を貫いて、そうして注ぎ込むようにゴム越しに太刀川の中で吐精する。その熱を感じながら太刀川も再び達して、その深い快楽と幸福感に一瞬意識を手放したのだった。