untie me, and tie me up

 普段なかなか聞き慣れないようなオシャレな食べ物たちを十分に満喫して、立食パーティの会場を二人で抜け出したのはしっかり腹も満たされた夜の入口くらいの頃だった。途中ですれ違った顔見知りの面々には軽い調子で挨拶を交わしてから何気ない風で会場を出て、まっすぐ向かったのは玉狛でも本部でもなく太刀川が一人暮らしをしているアパートだ。
 太刀川のアパートに二人で帰宅して、ドアの鍵を閉めたのを確認してすぐに迅からキスを仕掛けた。もうすぐ二人きりになれると帰りながら無自覚に気が急いていたのか、つい奪うような口付けになってしまったがそれを恥じるような余裕は自分にはもうない。帰り際にデザートの小さなケーキをいくつか食べていた太刀川の口の中はいつもとは違って甘ったるくて、それに妙に興奮が掻き立てられてキスはすぐに深いものになった。
 生クリームの甘い味と、ちょっとの赤ワインのアルコールの香り。それを追うように舌を絡めるうちにその下に隠されたいつもの太刀川の味を暴いていくような感覚がたまらない。太刀川の手が迅の腰に回されて、スーツのジャケットの下をくぐってシャツをくしゃりと掴まれる。ぐ、と太刀川の方からも舌を押しつけられて、あっという間に夢中になった。
 何度も深いキスを繰り返してから、ようやく唇を離して向かい合う。はあ、と太刀川が短く吐き出した息の音が熱い。
 会場を出てきた時のまま、一切の服の乱れのないスーツ姿の太刀川がほんのり頬を上気させ唇を赤く濡らしてこちらを見ているのがあまりに扇情的で、思わずごくりと喉が鳴った。そんな迅を見て、太刀川がにやりと満足げに笑う。その表情も、今はただひどくいやらしいと感じるばかりだった。
 再び頬に手を添えると、手のひらから太刀川の温度がじわりと伝わってくる。迅の手を太刀川は拒まない。好きにしていい、と許可を貰っていることを実感して、自分の奥底にあるこの人に対しての強い独占欲が満たされていくのが分かる。
 今日のパーティではスポンサーのお偉いさん方もいたけれど、ボーダー側はよく見知った面々ばかりで、そこまで肩肘を張るようなパーティではなかった。しかし普段とは違うかっちりとしたスーツを身に纏った太刀川の姿を見てしまえば、それだけでもう、迅はたまらない気持ちにさせられてしまったのだった。
 細身という印象はないがすらりと無駄なく整った太刀川の長身には、スーツがよく似合った。顎髭がうさんくさいと言えなくはないが、それを加味したって余りある――と思ってしまったのは流石に惚れた欲目というやつなのだろう。
 乱れなくかっちりと着こなしたスーツ姿も、食べ物を取るときのちょっとした所作も、スポンサーに話しかけられた時のA級隊長としての立ち居振る舞いも、一度目をやってしまえばそのひとつひとつがいやに美しいものに見えてしまって、重症だなあと内心で苦笑する羽目になってしまった。
 どうしようもなく、この男に惚れている。
 そんな美しいものに唯一好きに触れていいなんて許可を貰って、そんな特別を示されて、遠慮するなんて慎ましさは自分はもう持ち合わせていないのだ。
 太刀川の手が迅のネクタイに触れる。元々パーティの最中から軽く緩めていたそれは太刀川が少し力をかければ簡単に緩んで、もはや下の方で結び目が引っかかっているだけのような状態になった。
「おまえ、着崩すの早かったよなー」
「だって苦手なんだよ、こういう首元かっちりしたやつ」
 迅が唇を軽く尖らせて言えば、太刀川はゆるりと口角を上げる。まるで捕食を前にした肉食動物のような表情だな、なんてことを思う――実際にそういうさまを間近で見たことはないから分からないけれど。目の前の見慣れた太刀川の格子の瞳が、楽しそうに鈍い色で光る。
「ちらちら首筋見えんのがエロいなって思ってた」
 元々開いていたシャツの襟元をぐっと軽く引かれ、首元に噛みつくように口付けられる。熱い唇が触れて戯れるように軽く歯を立てられると、唇とは違う固い感触と柔い痛みに興奮させられる。頬に触れていた手を太刀川の後頭部に滑らせて、指でその少し癖のついた髪をくしゃりと撫でれば興が乗ったようにまた太刀川が迅の首筋に噛みついてきた。
 迅と同じように太刀川もまた、パーティの最中からこちらの姿に興奮していたのだということを知ってしまえば、もう。
(どうにかなりそうだな)
 迅は心の中で呟く。玄関先で我慢できずにこんな風にがっついて、がっつかれて、触られて噛みつかれて。まるで動物みたいだと思う。しかしそんな風に形だけ呆れてみせたって、沸き起こるのは興奮ばかりだった。
 ――自分がこんなふうに触れられるのを許すのも、間違いなく太刀川だけだ。そのことを改めて実感して、この人を好きにさせる自分に倒錯した優越感も覚えて口元が緩む。
 だけどそろそろまた、おれもこのひとに触りたい。パーティの間中、ずっとお行儀良く『待て』をしていたんだから。
 さらり、と自分の今の激情にはとても似つかわしくないほどに優しい手つきで太刀川の髪を梳くように撫でる。
「ねえ太刀川さん」
 名前を呼ぶと、太刀川が顔を上げた。視線が絡んで、迅はすうと小さく息を吸う。そうして、甘えるような柔い声で太刀川にねだった。
「ベッド行こ?」


 着ていたシャツのジャケットがいい加減邪魔に思えて、ベッドの下に雑に放る。そのまま流れるような手つきで白いシーツの上に彼を押し倒した。シャツもベストのボタンも、黒いネクタイだってしっかり上まで締めた隙のない格好をした太刀川を見下ろす。部屋の電気も点けていないから、開けっぱなしのカーテンから零れる月明かりが辛うじて彼の輪郭を浮かび上がらせていた。
 目の前のその光景に、迅は思わず舌なめずりをする。そうしたら、は、と太刀川は迅を見上げておかしそうに目を細めた。
「エロい顔」
 揶揄うようなその声音にわずかに生まれた恥じらいは、しかしそれ以上の興奮にあっという間に押し流されてしまう。
「そりゃなるでしょ。今からこんな隙のない格好した太刀川さんを、おれが」
 ジャケットとの隙間に手を滑らせて、ベストの上から太刀川の腰をゆっくりと煽るように撫でる。ベストの上からでも太刀川のしっかりと必要な筋肉のついた体つきと、迅よりいつも少しだけ高い体温が伝わってきて、この下にあるもの、少し先の時間のことを想像してじわりと自分の温度も上がっていく心地がした。
「好きに脱がせて、触っていいって許可貰ってるんだから」
 迅がそう言い切ると、太刀川も満足げに口元で笑う。それを合図にしたみたいに迅は太刀川の首に唇で触れて、それからベストのボタンに手をかけた。ランク戦の時は全然獲らせてなんてくれないその首が無防備に迅に明け渡されている、そのことを思うとたまらない高揚と興奮が頭を揺らすように思う。ぷちぷちとボタンを外してベストの前をはだけさせ、次にネクタイの結び目に触れた。
 ネクタイを少しだけ緩めた後、その下から覗いたシャツの一番上のボタンを外す。少しだけ露わになったその肌に愛しさと興奮が同じだけの強さで沸き起こって、衝動のままそこに唇を落とした。短く息を吐いた太刀川が、迅の頭の上で小さく笑う気配がする。
「ちまちま脱がせんの、めんどくさくないか?」
「全然。おれはこういう方が興奮するんだよね」
 断言すれば、わかんねー、と太刀川が笑い飛ばす。見解の相違だ。けれど理解し合えなくとも、こうして太刀川が迅の好きにさせてくれることがいつも嬉しかった。
 まるで大切なプレゼントを開けるときのように丁寧な手つきでネクタイを解いて、シャツのボタンをひとつひとつ外していく。そうして少しずつ露わになっていく太刀川の首筋に、鎖骨に、繰り返しキスをした。時々噛みつくように歯を立てたり唇で強く吸い付いたりすると太刀川が小さく息を詰めるのが分かって、それが楽しい。そうして触れるたびふっと太刀川の汗のにおいが薄く香って、その生身の太刀川のにおいに夢中になる。
 時間をかけてようやくするりとネクタイを全部解いて、シャツのボタンもすべて外した。そうしてはだけさせたシャツの間から、太刀川の形のいい腹筋からへそ、そして見慣れたパンツのゴムまでがちらりと覗いて、ぞくりと興奮が自分の背筋のあたりを駆けていくのが分かる。
(あーもう、たまんない)
 禁欲的とも言えるかっちりと隙のない姿から、こんなやらしい格好になって。
 噛みしめるように少しの間見下ろした後、愛撫の続きをしようと再びその肌に顔を近づけると、触れる寸前で太刀川が小さく身じろぎをする。
「迅、ジャケット邪魔……」
「ああ、そっか」
 確かに前を開けているとはいえ、タイトめに作られたジャケットを着たままでは邪魔かもしれないなと思う。迅が体を離すのと同時に軽く上体を起こした太刀川を手伝うようにジャケットを脱がせて、自分のそれと同じように放る。ジャケットの裏地の赤色がひらりと舞って床に落ちていった。
 流石に皺になるかもと一瞬頭を過りはしたが、まあいいかとすぐに忘れることにする。多少皺になってしまってもそれはそれ、太刀川もこういう場面でそんなことを気にするような性分ではないだろうということは分かっていた。
 太刀川がそのままの流れでシャツも脱ごうとしたので、迅はその手を掴んで縫い止めるように再び太刀川をベッドに押し倒した。唇が触れ合うくらい至近距離で見つめ合うと、シャツを脱ぐ邪魔をされた太刀川は少しだけ不服そうな目をこちらに向ける。
「シャツ」
「は、そのままがいいな」
 ジャケットはともかく、シャツくらいならそこまで邪魔にはならないだろう。じっと見つめて目線で訴えていれば、こちらの本気が伝わったらしい。太刀川はシャツを脱ぐのを諦めてその手の力を抜いてくれた。それが嬉しくて唇を軽く重ねてから、キスをゆっくりと下らせていく。首から鎖骨から胸元へと順番に触れていって、シャツをもう少しはだけさせた拍子に指先に黒いネクタイのさらりとした感触が触れる。
 ふ、と頭にひとついかがわしい閃きが浮かんでしまう。それとほとんど同時に視界の端で未来視も少し先の彼の姿を映し出して、そんなものを見てしまえば今浮かんだこのよこしまな欲求を満たさずにはいられなくなってしまった。
 唇を彼の肌から離して、解かれたネクタイに手をかける。不思議そうな表情になった太刀川に構わずするりとネクタイを首元から抜き取って、迅は「ねえ、腕、上に上げてよ」と太刀川に言った。
「なんだよ急に、……あー、なるほどな?」
 言いながら迅の言葉に従って、しかし途中でその意図に気付いたらしい太刀川がにやにやとした表情に変わってこちらを見る。これから何をされるか気付いていて、だというのに素直に腕は上げたままにしてくれるところが好きだなと心から思った。
 手に持ったネクタイを太刀川の両手首に巻き付けて、まとめてきゅっと縛る。痛くないように加減しながら、でもすぐに解けてしまわない程度にはしっかりと。シンプルな黒いネクタイが太刀川の手首をぐるりと拘束して、その結び目を確かめるように軽く指先で撫でてからわざとらしく挑発するような顔で太刀川を見下ろす。
「おれの好きにしろ、って言ったでしょ? 太刀川さん」
 パーティに向かう直前、太刀川の姿に欲情した迅に向けて太刀川自身が口にした言葉だ。それを持ち出して煽ってみせれば、太刀川は悪戯っぽくくつくつと喉を鳴らして迅を見上げ笑う。
「言ったけど。まさか迅くんにこんな趣味があったとはな~」
「太刀川さんにだけだよ」
 太刀川の言葉に、迷いもせず迅はきっぱりと返す。
 これを止めさせようと思えば太刀川はできたはずだ。現に手首を縛る直前にはもう太刀川は迅の企みには気付いていたし、その時点で抵抗しようと思えば頭上に上げた手を引くなり迅からネクタイを奪うなりベッドから抜け出すなりいくらでもやり方はあった。それに本気で嫌だと拒むなら迅がそれでも強要してくることはないと、太刀川もよく分かってくれているだろう。
 それでもこうして好きにさせてくれるから、こんなにもたまらない気持ちになる。
 だれよりものびのびと、自由に、あるがまま生きているこの人がおれに好きにされてくれる。どんなにわがままぶってみたって受け入れてくれる。その特別扱いを自覚できないほど、自分は鈍感ではなかった。
「太刀川さんだから興奮する」
 言えば、揶揄うようだった太刀川の目の色がすうと変わる。
「ふうん?」
 嬉しそうで、そして、興奮している目。
 普段は分かりにくくて、凪のようなその深い瞳に迅の言葉でそんな色が混ざるのを見て取ってしまえば、もう我慢なんてばからしいことはできそうにない。
 シャツをはだけさせ、露わになったその胸元に吸い付く。二つの突起はもう固さを持ち始めていて、直接触っていなかったというのに反応し始めていることに嬉しくなった。片方は尖らせた舌で転がして、もう片方は指で優しく捏ねるように触ってやれば太刀川の息にじわりと熱が籠もっていくのが分かる。
「ん、っ……」
 太刀川の吐息に上擦った声が混じる。柔らかい愛撫の合間に少し強めに舌で押し込んでみたり、指できゅうと軽くつねってみせれば太刀川が息を吐きながらもどかしそうにもぞりと身じろぎをした。手の自由を奪われている分、いつもより快楽を逃がすのが難しいのかもしれない。くにくにと乳首を弄りながらちらりと上目遣いで太刀川を見れば彼は珍しく少し困ったような顔をしていて、それを見たらもっと困らせたいという気持ちが沸き起こってしまった。
 何度も飽きもせず舐めて、擦って、舌や指で押し込んで、そんなことを繰り返していると太刀川の声に甘さがどんどんと増していく。
「うぁ、……っん、あ、じん……っ」
 はあ、と感じ入ったような吐息を太刀川が漏らして、太股を擦り合わせる。最初の頃はあまり性感を拾っている様子はなかったのに、しつこいと言われるくらい何度も繰り返し触るうちこんなに反応してくれるようになった場所だった。そう思えば余計に愛しさが増して、今度は指で愛撫していた方に交代する形でねろりと舌を這わせた。先ほどまでとは変わった刺激の種類に、太刀川がまた「ん、ぁ、あ……っ」と声を上げた。触れるたび反応してくれるのが嬉しくて、迅は頭の中に思い浮かぶまま「かわいい」と口から零す。そうしたら触れた吐息にすら感じるのだろう、太刀川がびくりと小さく体を震わせた。すっかり熟れて固く尖ったそこを再び口に含んだところで、太刀川が焦れたような声で言う。
「っ迅、いい加減、下も……」
 顔を見やれば、太刀川が性感のせいでうっすらと潤んだ瞳で迅を見下ろしていた。その表情の色気にぞくりと肌が粟立った。
 本当はもう少し胸だけで感じる太刀川を堪能したい気持ちもあったが、そんな顔をされてしまっては正直、こちらだって伝染するように焦れ始めてしまう。ほんとやっかいな人だよなあ、と少しだけおかしい気持ちになりながらも、迅は「……うん」と素直に頷いて胸元から唇を離した。
 太刀川の要望通り指を下に滑らせて、スーツの黒いズボンの上からそこを軽く握ると既に質量を持ち始めているのが分かる。わざとらしくいやらしい手つきで形を確かめるようになぞれば、は、と太刀川が呼吸を乱した。履いたままイかせたらどうなるかな――だなんて不埒な想像がつい頭をもたげてしまったけれど、「迅」と急かす声が降ってきたのでそれはまた別の機会に考えることにしよう。
 ベルトを手早く外して、スーツのズボンを取り去る。パンツの薄い布だけになればそれを押し上げるものの存在が見た目にもよく分かって、そのいやらしさにたまらない気持ちになった。パンツのゴムに手をかけてそれもすぐに脱がせてあげると、ふるりと太刀川の勃起したそれが現れる。キスと胸への愛撫だけだったのにもう固くなって先端はわずかに濡れていて、そのさまに迅は思わず口角を上げてしまった。露わになった太刀川の太股、足の付け根の際のあたりをするりと撫でると、それだけで刺激を拾うのか太刀川がわずかに足を震わせる。そんな太刀川の姿をつぶさに見つめながら、迅は口を開く。
「……前と後ろ、どっち触ってほしい?」
 投げかけられた問いに、太刀川は迅を見つめ返してひとつ瞬きをする。そしてすぐにその瞳はにやりと挑発するような笑みの形に変わった。
「後ろ」
 言った後、太刀川がもぞりと足を動かす。何だ、と思った次の瞬間には太刀川の靴下を履いたままの足が迅の股間をぐいと押してきたものだから、思わず「うあっ」と情けなく呻いてしまった。そんな迅を見て太刀川はくっとおかしそうに笑う。そうして、「読み逃したか?」なんていたずらっ子のように目を眇めてみせた。
「ガチガチ。おまえだって早く挿れたいだろ」
「あ、しくせわっるいなあ……」
 主導権を取ったと思ってつい油断していた己の失態にじわりと耳が熱くなるが、そんな迅に構わず太刀川は続ける。
「誰かさんに手を縛られちまったからな」
 そう言ってから、太刀川はネクタイで縛られた腕を見せつけるように動かしてみせた。
(ほんと、太刀川さんってこうだよね)
 縛られようが、何されようが、太刀川はいつだって太刀川だ。縛られたことを逆手にとって見せつけてくる仕草も、迅の反応を待つ悪戯っぽい顔も、その全てが迅の劣情をたまらなく煽る。
 そんな人だからこんなにも、どうしようもないほど夢中になってしまうのだ。
「まあ、……こっちも限界近いのはほんとだけど」
「だろ?」
 だから、はやく。
 そう普段よりずっと甘く低い声で恋人にねだられてしまえば、じわりとこちらの余裕も削られてしまう。「りょーかい」と頷いて、この先の準備をするべくベッドサイドの引き出しからローションとゴムを取り出した。
 ゴムの箱はひとまずヘッドボードに置いて、手の中にローションの中身をとろりと出す。太刀川の負担にならないよう少しだけ体温で温めてから、太刀川の足を抱え上げまだ固く閉ざされた場所に指で触れた。
「指、いれるね」
 宣言してから、指をそこに沈ませる。柔らかくて熱いそこに指先が包まれるのを感じながら、太刀川がゆっくりと息を吐く音を聞いていた。
 何度したって少し間が空けば、最初はいつだってきつい。きゅうきゅうと締め付けてくる内側の感触に強く沸き起こる興奮をいなす努力をしながら、痛くないように指を進ませる。もう知っている太刀川の弱い場所を違わず指先で撫でれば、太刀川がぴくりと体を震わせた。そのまま何度もそこを往復してみると、「ぁ、あ……っ」と低く甘い声が零れた。それを嬉しく思って、太刀川の弱いところを順番に指で愛撫していく。そのひとつひとつに反応を示してくれるのにたまらない気持ちになる。
 性感を与えるだけじゃなく、本来の目的である入口を解くのも忘れない。だいぶ柔らかくなってきた頃合いを見計らって指を増やした。二本の指で内側を可愛がって、前立腺を痛くない加減でかり、と軽くひっかくと、太刀川が一際大きく体をしならせる。強い性感をどうにかいなそうとするように、縛られたままの腕に頬を擦りつけながら荒い息で太刀川が喘いだ。
「ぅあ、っ……! じ……んっ、ぁ」
「うん。……もーちょい。いける?」
 そう言って、三本目の指を宛がう。ちょっときついかもしれないけど、ちょっとそろそろ自分だって悠長に待っていられそうにない。できるだけ丁寧な手つきで三本目を挿入すると、太刀川が熱っぽい息を吐き出した。その息づかいや見下ろした肢体、内側の感触からも、太刀川が迅を受け入れるために意識的に体の力を抜こうとしているのが分かる。それに気付いてしまえば愛おしさに食い荒らされそうになって、思わず一瞬息を詰めてから指を奥に進めた。
 届く一番奥に辿り着いて、内側を指先で撫で上げると太刀川がまたびくりと体を震わせて声を上げる。熱い息を吐き出した太刀川が視線を動かして迅を見た。
 薄く潤んだ瞳は性感にとろりと濡れて、明確な欲の色を孕んで、迅にこの先をねだるように見つめてくる。
 太刀川に求められている。早く、早くと。他の何でもなくおまえが欲しいのだ、と。視線だけで見つけてしまったその熱に、あてられてしまえばもうだめだった。
「あー、も……ごめん無理。ねえ、もう挿れていい?」
 触ってもいないのにすっかり張り詰めた下半身が痛い。自分でも笑えてしまうくらいに余裕のない声で言えば、同じくらい余裕のない声音で太刀川がはっと笑い飛ばす。
「いいに決まってんだろ、なあ、早く、……っ」
 たまらなくなって、後ろから指を抜いてすぐに太刀川の唇を塞いだ。押しつけて、舌を絡めて、短くも深いキスをして離れる。互いの唇を名残惜しむように、つ、と二人の間を唾液の糸が細く伝っていった。
 改めて太刀川の顔の横に手をついて、彼の姿を見下ろした。太刀川は性感に顔を上気させ、はだけたベストとシャツの間から覗く乳首は赤く熟れて先ほどの迅の唾液でてらてらと淡く濡れている。露わになった下半身は自身の先走りでしとどに濡れていて、もうあとほんの少しの刺激でも達してしまいそうなほど張り詰めていた。ネクタイで縛った手首は頭の上にやったままだ。
 そのさまを改めて見て、短く息が零れた。自分がすっかり興奮しきっていることを自覚する。そんな迅を見つめた太刀川が、くっと口角を上げて目を眇める。
「いい顔だな」
 太刀川だってもう余裕なんてないくせに、余裕ぶって迅を煽って笑う。その表情が信じられないくらいにいやらしかった。
「あんたこそ、ね」
 ヘッドボードに手を伸ばし、ゴムの袋をひとつ手に取って性急な手つきで袋の口を破った。ベルトを外してズボンとパンツを一緒に下げ、すっかり昂った自身にゴムを手早く取り付ける。入口に宛がえば指で拡げられたそこは先端がわずかに掠めただけでも欲しがるようにひくついて、その淫靡さに頭が熱く焼け付いてしまうんじゃないかというくらいに興奮した。
 いれるよ、と言った声は掠れて音になったか分からない。熱くてぬかるんだ太刀川の内側に先端が包まれるともう我慢なんて全然きかなくて、いつもならもっとゆっくり丁寧にするところを、欲のままに奥までぐんとひと思いに貫いてしまった。
「~~ッ、ぁあ、……?」
 瞬間、太刀川が声を上げて体を反らせる。内側がぎゅうと強く締め付けられて、達しそうになったのを寸でのところで堪える。強い性感に荒い息を吐き出しながら太刀川を見れば、太刀川は小さく震えながら腹を自身の白濁で汚していた。
「……、太刀川さん」
 言いながら軽く腰を揺すれば、太刀川の体は大袈裟にびくんと跳ねる。
「ぁ、待て、おく、」
「待たない」
 達したばかりの体は敏感だ。後ろだけで達したのならば、尚更。奥にさらに深く押し当てるようにぐっと角度を変えて腰を動かすと、太刀川は声を上げて後ろをまたきつく締め付ける。どろりと太刀川の先端から白濁の混じった液体が零れて、また彼は軽く達したのかもしれなかった。
 夢中になって腰を振れば、きゅうきゅうと絡みついてくる太刀川の内側が溶けてしまいそうなほどに気持ちがいい。太刀川の弱いところを擦るたびいつも泰然とした彼の声が性感に震えるのもたまらなかった。ああどうしよう、きもちいい、すきだ、という思いが満杯になったコップの水のように零れては落ちていく。いつの間にか自分も汗だくになっていて、まだ着たままだったシャツが汗で張り付いていることを思い出す。気持ちの悪さを感じないではないが、そんなこと今はどうだってよくなってすぐに忘れた。
「んっ、あ、ぁ……んっ!」
 太刀川が身じろぎした拍子にシャツが軽くはだけて、目に入った乳首に戯れのように触れるとしばらく放っておかれていたというのにそれだけで太刀川はぶるりと体を震わせる。そのいやらしさに思わず唾を飲み込んだ。
「ね、今日反応いいけど、もしかして縛られて興奮してるとかある?」
 まさか太刀川にそんな癖があるとは思いづらいが、今日は普段以上にいやに反応がいい気がして聞いてみる。するりと縛った腕を手で軽くなぞると、太刀川が小さく息を吐き出した。
「これは別に、そこまで……っ、そうじゃなくておまえの顔が」
「おれの顔?」
 言いながら腰を引いて入口近くの敏感な場所を擦ると、太刀川がまた短く声を零す。そうした後、太刀川が荒い息の合間を縫うように言葉を続けた。
「俺に興奮してるって、っ、そのめちゃくちゃエロい顔が、やばいんだって」
 言われて、かっと顔が熱くなる。この至近距離では誤魔化しようもなくて、そんなさままで全部太刀川に見られていた。
 ひどい顔をしている自覚は、ある。それを指摘されて、感度がいいのはそれに興奮しているせいだなんて好きな人に言われてしまって、平常心でいられる人間がいるなら見てみたいとすら思った。
「……うん、そうだね。興奮してる。太刀川さんがやらしいから」
 この人のことが好きで。ずっと好きでたまらなくて、どうしようもなかった。自分でも制御なんてきかないその感情をぶつけるかのように律動を激しくすると、太刀川がまた声を上げて後ろを締め付けてくる。気持ちのよさに目の前が白みそうになって、それを堪えてもっと深いところまでを穿った。
 この人の前では、自分を繕うなにもかもが意味を為さなくなる。
 今日のパーティの最中はかわいい後輩たちに代わる代わる何度も話しかけられたし、スポンサーのお偉いさま方と話をするタイミングもあった。ボーダーのA級隊員のひとり、未来視を持つ玉狛の実力派エリートとして、時に色々計算だってしながら飄々と立ち回るのは得意だ。長年の経験値だって自分で言うのもなんだが伊達じゃない。
 だけどこの人とこうして二人きりになった途端、そうやってつくりあげたものたちは簡単に身ぐるみを剥がされてしまうのだ。
 それはこの人と出会った頃からそうで、そしてこの人へのこのどうしようもないほどの恋情を自覚してからは尚更だった。ボーダーのA級隊員も、玉狛の実力派エリートも関係ない、ただの〝迅悠一〟というひとりの男になってしまう。過去でも未来でもなく、ただ今目の前の男に夢中にさせられる。
 それが少し悔しくて――でもだからこそ、この人と在れる時間が大切だった。こうやって、胸が苦しくなるほどに。
「太刀川さ、ん」
 堪えきれなくなって呼んだ名前は、ひどく切迫した響きになって自分で笑えてしまった。呼吸と共にもう一度名前を呼びながら太刀川の弱い場所を先端で掠めると、「ぅあ、っ」と声を零して太刀川が体を震わせる。過ぎた快楽を発散させようと太刀川が体をよじらせたけれど、手が自由に使えないせいでうまくいかないらしくその表情がもどかしそうなそれに変わった。いつもであればこういう時は、シーツを掴んで耐えるか、迅の首や背中に腕を回してくるかだからだろう。
 はあ、と性感のせいか切なげに眉根を寄せた太刀川が、ネクタイで拘束された手首をぐっと力任せに動かすのを見る。どうやら拘束を外そうとしたようだが、迅がしっかりと縛ったそれは外向きにむやみに力を込めても外れない。この状況で自分で外すのは難しいということを悟った太刀川が、水分を纏った瞳で迅を見やる。
「なに、やっぱりネクタイやだ?」
「っ、そろそろいーだろ、外せって」
 無言の訴えを受けて聞けば、太刀川がそう返す。構わないといえば構わないのだけれど、でも目の前の扇情的な光景はひどく魅力的で、折角だからもうちょっとだけ――とおねだりしてみようかと思ったところで太刀川が言葉を続けた。
「俺だってそろそろおまえに触りたい」
 その目に射貫かれてそんなことを言われて、ぐ、と心臓が音を立てる。次の瞬間にはするりと太刀川の手を拘束していたネクタイを解いてしまったのだから、自分のちょろさに自分で呆れてしまった。あっさりと拘束を解かれた太刀川は少しだけおかしそうにその目をにやつかせていて、あー今絶対かわいいやつって思われてんだろうなと思って恥ずかしい。恥ずかしさを誤魔化すようにぽい、とネクタイをベッド下に雑に放って、再び太刀川の顔の横に手をついた。
「……じゃあ、さわってよ」
 破れかぶれでそう言えば、太刀川がにやついた顔のままするりとひどく自然な仕草のように自由になった腕を迅の首元に回す。そして引き寄せられて、耳元で太刀川が笑う気配がした。
「うん。いつもと違うプレイも悪くねーけど、やっぱこっちの方がいい」
「ほんとそういうとこ、ずるいよなあ……」
「何がだよ」
「わかんないならいいよ、そのままで。……続きしよ?」
 そう言って、赤くなった顔を見られる前に腰を揺らした。ぶるりと太刀川が体を震わせて、迅に触れる腕の力が強くなる。その温度も、触れる力の強さも全部が愛おしくて、そこからはまた夢中になった。
「太刀川さ、おれも、イくね、……っ」
 限界が近づいてそう言うと、返事の代わりに名前を呼ばれてその腕に抱き寄せられる。
 華奢でもない、守ってあげたくなるわけでもない――誰より美しい弧月の軌道を操る力強くて頼もしい手。それが愛しくて、嬉しくて熱い息を吐き出した後迅は太刀川の一番奥で達したのだった。

 ずるりと自身を引き抜いて口を縛ったゴムを雑にゴミ箱に放った後、少し力の抜けた体で太刀川の上に覆い被さるように寝転がる。濃いセックスをした充実感と、好きな人の中で達するあの言いようのない心地の良さの余韻の中に揺蕩って、しかしすぐそこに感じる体温を意識してしまえば一度引いた欲がまた頭をもたげてしまった。
 もう一回、って言ってみようか。そう思って口を開きかけたところで、太刀川が体を起こした。何かと思えばぐるりと肩を押されてあっという間に仰向けにされ、太刀川が迅の上にのしかかってくる。先ほどとはまるっきり逆の体勢だ。
「え、太刀川さ――」
 すっかり油断していたから、未来視でも視ちゃいなかった。思わず目を瞬かせると、太刀川は満足げに「迅」と呼んでにやりと笑う。
 その頬はまだ先ほどまでの行為の名残で赤く上気してはいたが、まなざしはしっかりとして迅を悪戯に見下ろしてきた。ヘッドボードに手を伸ばして箱からまだ残っていたゴムの袋を取り出した太刀川は、ぴりりとそれを破いて断りもないまま迅のそれに被せていく。
(いや、まあおれも、もう一回とは思ってましたけど)
 あっという間に迅の準備を終えた太刀川が、迅に視線を戻して口を開いた。
「俺も好きにさせてもらう、って言ったろ? 今度は俺の番」
 そう言って太刀川が汗ばんだ前髪を掻き上げて、目を細めてぺろりと舌なめずりをする。
 その光景があんまりいやらしかったものだから、まだ柔らかさの残っていたそれが一気に固さを取り戻していくのが分かる。それもすぐ太刀川に見つかって、「元気になってきたな」と笑われた。
「……いいよ」
 そう言って、迅は太刀川を見つめ返す。精一杯目を眇めて、煽るような挑戦的なまなざしで。
「好きにしてよ。おれも好きにさせてもらうからさ」
 パーティの前に太刀川が言った台詞を真似てそう言えば、太刀川は嬉しそうに楽しそうにその唇をつり上げた。
「いいぜ」
 そう言った太刀川が、始まりの合図みたいに迅の解けかけだったネクタイをするりと解く。
 どうせ、ふたりきりのこの夜はまだまだ長いのだ。
 太刀川がシャツのボタンを先ほどの迅よりもやや性急な手つきで外していく。汗ばんだシャツの前をはだけさせられ、肌がひやりと空気に触れて冷える前に太刀川の熱い手が触れた。
(あー確かに、触れてる方がいい)
 でもまあたまにはああいうのも、ね。そんなことを考えていれば、「余所事考えてんなよ」と揶揄うような太刀川の声と共に、首筋に噛みつくようなキスが降ってきた。



(2023年2月12日初出)





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