ブルーサマーシロップ sample




 見慣れた、しかし懐かしい木目模様の暗い天井が視界に映る。
 あれ、と一瞬わずかな違和感を覚えた後に、ああそうだここはうちのアパートだと気が付いた。そしてすぐに何でそんな違和感を覚えたのかどうかも花道は分からなくなる。十八年住み慣れた部屋。そしてこちらにのし掛かってきた男は、いつもはすかしてばかりのその顔を薄暗い部屋の中でも分かるくらいに上気させ花道を見下ろしていた。
 切れ長の目、長い睫毛。その暗くて透明な色をした瞳が熱を灯して花道をまっすぐに見つめる。その眼差しに、ぞくりと自分の背筋を駆けたのは紛うことなく期待の類だった。
 流川の顔が近付いてきて、唇が触れる。今夜何度も繰り返したキスは飽きることなくまた深いものに変わっていく。達したばかりで蕩けた体はその触れ合いからも気持ちよさを受け取って、また際限なんてないみたいに熱を上げていく。
 唇が離れて、至近距離で流川と目が合った。ぎらぎらとした目。荒い息。欲を剥き出しにしたその表情にたまらなくなる。その熱が自分に向けられていることに、ひどく優越感のような感情を抱いた。
 このまま取って食われちまうんだろうな、と直感のように思う。それでも構わないと思った。いや、むしろ。
 流川の手が花道の下半身に伸びて、先程まで触れていた性器を通り過ぎる。そして流川はその奧に指を滑らせた。まだ他の誰にも触れさせたことのないその場所に流川の指が触れて、花道はそれだけでびくりと体を震わせてしまう。花道は喉を鳴らす。そんな花道の様子もぎらついた目の流川につぶさに見られていた。
 恥ずかしい。だけど、確かに自分は期待している。
 流川が口を開く。その言葉を、声を、花道は聞きたくて、流川を見つめ返して待って――


 そこではっと目が覚める。
 部屋の中は、もうカーテンの隙間から漏れ出した光で明るい。室内は薄暗くもなければ、天井は見慣れた木目のそれでもない。この数ヶ月でこちらも見慣れはした、白く塗られた明るい天井だった。暑さ対策で薄く開けたままだった窓の外からは鳥が元気に鳴く声が聞こえる。この四月から住み始めた海南大の学生寮の、花道の自室である。
 ぱちぱちと何度か目を瞬かせて、花道はようやく先程の光景が夢であったことをゆっくりと理解し始める。そして夢の内容を思い出して、朝っぱらから顔を赤くする羽目になってしまった。肌が汗ばんでいるのは、暑さのせいだけなのか、それとも。
 余韻でまだ心臓がばくばく言っている。だってその手つきも、まなざしも、あんまりリアルだったから。
「あー……、くっそ」
 恥ずかしさにそう悪態をついてみても、部屋にはひとりきりだから誰もそれを聞く人間はいない。くしゃりとした花道の声は爽やかすぎるほどの朝日に照らされた部屋の中に落ちて消えていった。
 夢に見た光景は、数ヶ月前の出来事と酷似していた。だけど、細部は違う。細部というか、最後だ。あのときは、――そんなところには触れなかった。互いにやり方も何も知らなかったから。
 だけど、今は。
(こんな夢、……)
 期待してるみたいじゃねえか。
 よりによって今日、こんな夢を見るなんて。自分の脳内の思考回路のあまりの分かりやすさと、それを言い訳できないくらいに明け透けに夢という形で見せられてしまって、花道はただただ恥ずかしかった。
 期待、していないなんて言ってしまえば嘘になる。だけどものすごく恥ずかしくて、そして期待外れになってしまうのが怖くて、考えすぎないようにはしていた。
(……流川、)
 声には出さず、唇だけでその名前を呼ぶ。その名前も随分と長いこと呼んでいないように思えた。
 今日は五ヶ月ぶりに、流川に――恋人に会う。



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