all year round収録「better half」sample



「太刀川さん」
 迅の声が、わずかに熱っぽく掠れている。
「……だめだわ、ごめん、今日余裕ない。我慢ききそうにない」
 何かを堪えようとでもするみたいにきつく眉根を寄せて、そのくせその青い瞳はひどく高い温度で揺れている。
「我慢なんて誰がしろって言った?」
「たちかわさ、」
 言いかけた唇を今度はこっちから塞いでやる。食らいつくみたいに触れて、離れて、まだ物足りなくてもう一度触れた後その唇を撫でるみたいに舌でぬるりと触れてやるとくっついたままだった迅の体がわずかに揺れた。
 唇を離した後、太刀川はにまりと口角を上げる。迅がぐっと煽られたような表情になって、会うまでは色々言いたいことはあったはずなのに、その表情を見れば細かい事なんてどうだってよくなってしまった。満足感がある。なのにまだ、全然足りない。まるで宣戦布告でもするみたいな気持ちで、太刀川は迅に言う。
「おまえに待たされて、こっちだって飢えてるんだよ」
 迅の喉仏が、ゆっくりと上下するのを見る。迅の青い目の奥がぎらりと鈍く光ったような気がした。
 太刀川がそれを見ているほんの一瞬の隙を突いて、迅の唇がまた食らいついてきた。返事なんてなくても、その余裕なんてない性急な仕草こそが迅の答えだろう。普段実力派エリートなんて嘯いていつだって涼しい顔を張りつけているこの男が、こんな風に欲を剥き出しにして太刀川に挑みかかるように求めてくる、それがこんなにも、太刀川を充足させる。
 ごく普通の大学生の一人暮らしだ。1Kの、そこまで広いわけでもない部屋。玄関を上がって、廊下を少し歩いて居室に入ればベッドはすぐそこにある。だというのに、それまでのほんの少しの間も待てそうになかった。
 キスを繰り返す間に、腰に触れたままだった迅の手がねっとりと太刀川の腰を撫でる。そうして太刀川のズボンに手をかける。唇が離れた一瞬の間に太刀川が、は、と小さく息を吐き出すと、迅の瞳の色が深くなった気がした。
 迅はそのまま太刀川のパンツごとズボンを下ろして、太刀川の既に固さを持ち始めていた下肢を露出させる。先程まで布に包まれていたそこが急に外気に触れてひやりと冷たさを感じたけれど、すぐに迅の手に包まれたから寒さなんてほんの一瞬だけだった。その感触と温度に、ひくりと期待でわずかに腰が揺れた。そのことを少しだけ恥ずかしく思ったけれど、見逃すはずもなかった迅がみだりがわしく口角を上げて太刀川のそれを扱き始めたので、迅に直接与えられる性感のせいでそんなことはすぐどうだってよくなってしまった。
「……っ、ぁ、あ」
 迅に触れられると、すぐに声が出てしまう。全体をねっとりとした動きで扱かれた後に、先の方をぐっと強めに押されたので、直接的な刺激に呼吸が乱れた。迅はそんな太刀川をじっと見つめている。強い色を宿したその青い目が太刀川をまっすぐにとらえて、それにほんのわずかな恥ずかしさと大きな高揚を同時に感じて、息が詰まるような心地がする。じわりと、迅の目からそのひどく高い温度が移って、太刀川の体を浸食していくようだった。
 歳も体格もほんの少ししか変わらない男の手だ。太刀川とそこまで大きく違うわけじゃない。迅のやり口だって自分はもう知っているから、それに重ねるようにトレースすることならできる。実際、昨夜だってそうしてみた。
 だというのに、どうしてこんなに違うのだろう。そう思ったけれど、しかし答えなんて自分はもう知っていた。
 ――迅だから。迅が相手だからということに他ならない。
 誰よりも太刀川を高揚させ、求めずにはいられなくさせる。こんなに一緒に居て楽しくて、飽きなくて、どこまでも欲しくなってしまう。太刀川の気持ちを、性感を、こんなにも揺らす相手は迅以外にいなかった。
 迅の指が器用に太刀川の熱を弄び、着実に性感を与えてくる。指の腹で先端を擦られ、カリ首に撫でるように触れられると、じわりと先走りが零れて迅の手を汚した。
「~~ぅ、あ、――迅」
「うん」
 性感に揺れる声で名前を呼ぶと、同じくらい熱に浮かされた迅が返事をする。それだけのことに満たされる自分をいやに面白く思ってしまった。
「おまえも」
 そう言って迅のズボンに手をかけると、迅は少しだけ迷ったような様子を見せて、しかしすぐに「……ん」と頷いて素直にズボンを脱がされる。同じようにパンツも脱がせてやると、既に太刀川に負けず劣らず勃起した迅の性器が姿を現す。迅も興奮していることに嬉しくなれば、それが表情に出ていたらしい。迅が困ったような声で「……やらしー顔」と小さく笑った。
 迅が自分の性器を太刀川のそれとくっつけて、一緒に握りこむ。そうやって一緒に扱かれると、先程の手だけとは違う、性器同士が擦れ合う刺激に腰が震える。太刀川もその上から手を重ねて迅の先端を擦ってやると、迅の表情にぐっと性感が滲んだ。直接的な刺激を得た迅も熱い息を吐き出して、もっと欲しいと欲に濡れた、ぎらぎらと雄くさい表情になっていくのに煽られずにいるなんて無理な話だった。
 もっと欲しい。もっと気持ちよくなりたい。もっとこいつの欲に塗れた表情を暴いてやりたい。二人でばかみたいにぐずぐずに、一番深いところまで溶け合ってしまいたい――そんな気持ちが浮かんでは自分の中で暴れ出す。ぐり、と迅の鈴口を指の腹で押してやると迅の体が小さく跳ねて、迅の先端からもとぷりと先走りが零れる。それに気をよくしたところで、迅がまるで仕返しでもするかのように、物騒な、欲に塗れた表情で太刀川の唇に噛みついてきた。
 触れ合った唇同士は柔らかいのに、同じようにくっつけた下を攻める手は一切緩めてこない。そのアンバランスさにくらくらと興奮させられた。ぬちぬちと、もうどちらのものか分からない先走りが互いの手を濡らして淫猥な水音を立てる。迅の舌が太刀川の唇のあわいをなぞって、挑まれるまま唇を開けば迅の舌が侵入してきた。
 その舌を迎え撃つのに夢中になりかけたところで、裏筋同士が擦れて、迅の手が先走りを塗りつけるようにぬるぬると亀頭を弄ぶ。思わず零れかけた声は迅の口の中に吸い込まれていった。びりびりと性感が体の中を浸食していって、わずかに力が抜けてしまった拍子に背中がドアに触れる。迅と触れ合っている箇所は熱くてたまらないのに、触れたドアはひやりと冷たくてぞわりと小さく肌が粟立った。
 背中がドアに支えられているのをいいことに、迅が口内も下も蹂躙する手管を遠慮なく強めてくる。気持ちよくて、もっと欲しくなって、同じくらいこの男も翻弄されて欲しくなって、太刀川も舌と手で迅の性感を高める。
 唇を離すと、二人の間を唾液の糸が伝って落ちた。濡れた唇を普段だったら拭いたいところだったけれど、今はそんなことは気にならないほど互いに追い詰まっていた。あと少しだけ、強く触れられれば達することができる――というところで、迅が二人分の性器を握っていたその手をあっさりと解く。
 至近距離で見つめ合った迅が、またキスを仕掛けてくる。今度は軽く触れるだけで、ちゅ、といやに初心なリップ音が小さく響いたのがなんだか面白く思えてしまった。子どもが甘えようとでもするような、そんな柔らかいキス。
「ね、太刀川さん、――いい?」
 だというのに、その要求は子どもは到底しないようなそれだ。強請ねだるような、甘ったるい、こんな時にしか出さない迅の声。
 ひどいやつだ、と心の隅の冷静な自分が思うのに、しかしそれを嫌だなんてひとかけらも思わない自分だって同じくらいにひどいという自覚くらいはあった。こんな目をして、こんな声で性質たちの悪い甘えをみせてくる迅に見つめられるとわくわくとしてしまう。この男のしたいように乗っかってやりたくなる。
 やりたいようにしている迅を見ているのはいつだって面白くて、楽しくて、そういう時の迅が太刀川はどうしたって好きだ。そう、思い返してみれば――、太刀川は迅と出会った頃からきっと、ずっとそうだったんだ。


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