all year round収録「トワイライト」sample
※人狼パラレル太刀川を鍛えてきた忍田の許可がようやく下り、迅と二人で人狼の特定・捕縛の為遠征任務へ行くようになったのは数ヶ月前からのことだ。以来、迅と太刀川はとりわけ厄介そうな人狼の情報が入る度に、二人でその地に向かい任務を行っている。今回もその一環だった。
互いの実力はこのボーダーの中でもトップクラスだ。これまでの任務は、勿論気を抜けば足下を掬われてしまいかねない場面も何度もあったが、二人で力を合わせていけば難なく遂行することができた。互いに鍛錬の場においては誰よりも勝ちたい好敵手であったが、いざ共闘となれば、鋭い攻撃力に長けた太刀川と、その〝未来視〟の能力も相まって防御や援護の能力に優れた迅は互いの能力を補完し合える関係性であることに気付かされた。
二人でいればどこまでだってやれる気がした。それが太刀川にとって、とても嬉しいことだった。
――油断をしていたつもりはない。しかし、ミスというのは得てして慣れてきた頃に起こりがちなものだ。
今回も人狼たちを特定し追い詰めることまではできたのだが、人狼たちが予想以上に手練れで、かつ抵抗もなかなかに激しいものだった。悪あがきじみたこちらへの攻撃をいなしている最中、手数に押されたほんの一瞬の隙に死角から仲間らしい別の人狼が太刀川に襲いかかってきたのだ。寸前、迅が「太刀川さん!」と常に無いほどの焦ったような声で叫んだが、人狼の動きは速かった。咄嗟に急所は守ったものの、利き手とは反対の腕を思い切りその牙で噛まれてしまったのだ。
元来、生きた人間を難なく喰らう人狼の牙だ。その牙は鋭く、噛まれた瞬間は酷い痛みが走ったし血はだいぶ出たが、幸いにしてそこまで深い傷ではなかった。先程本部の医療班に診てもらった時にも、毒や感染症などの心配はないということだった。単なる外傷なので、適切な治療と安静、そして時間の経過でしっかり治ってくれるだろう。
今回の反省と次回以降の対策はしっかりと立てるべきだろう。しかし、怪我自体はもう大した問題ではない。だというのに迅は怪我をした本人である太刀川以上に暗い顔のままだ。そんな迅を見て、太刀川は少しだけ呆れたような気持ちになってしまう。肩をすくめて、太刀川は口を開く。
「あのなー、俺の仕事はおまえを守ることなんだぞ? 今回も民間人に被害は出なかったし、おまえに怪我も無かったんだから良かっただろ。これはただの俺の不注意だ。二人とも生きて帰ってこられたし、さっき言った通りこんな傷数週間で治るし、問題ない」
そう言うと、迅は苛立ったように唇を尖らせる。その苛立ちは太刀川の言葉に対してというよりも、きっと自分に対してのものなのだろうと太刀川は気付いていた。こいつは、そういうやつだから。案の定、迅は「いや、おれがもっとちゃんと視られてれば防げたはず――」なんてことを言い出すものだから、今度はむっとするのは太刀川の方だった。
「おまえさ、一人で責任背負おうとすんなよ。悪い癖だぞ。嵐山とかにもさんざん言われてんだろ」
「だけど」
「だけど?」
「……」
尚も言い募ろうとする迅にオウム返しのように問うと、迅はふいと目線を逸らした。本音をはぐらかそうとするような迅の態度に、焦れるような小さな苛立ちが太刀川の心の中に募っていく。自分は普段大抵のことはそんなに気にすることのない性分なので、こういう感情は慣れなくて落ち着かない。迅と知り合って、こうして行動を共にするようになってから知った感情は沢山あって、これもそのひとつだった。
「……、おれは太刀川さんに守られてるだけの占い師にはなりたくない」
そう言う声はまるで何かに耐えようとしているみたいに硬い。迅がこういう声を出す時は、言いたくないことを隠そうとしている時だと知っている。長いとは言わないが、もう短いとも言えない付き合いの中で、太刀川はもう知っていた。迅がこんな風な声を出すことも、迅のその青い目がこちらを見ていないこともなんだか気にくわなく思ってしまって、太刀川は迅に言葉を返す。
「知ってる。それがおまえだってのもよくわかってる。だから俺はおまえが、」
「太刀川さん」
太刀川の言葉を遮って、牽制するみたいに迅が言う。