all year round 2 収録「新しい朝へ」sample




 なんとなく離すのが惜しくて、そしてそれは太刀川だって同じ気持ちだったのか、思いつきのように絡ませた手は繋いだままで居室までの短い廊下を歩いた。
 空いた方の手には互いに冷蔵庫できんきんに冷やした新しいビールを持って、歩いている途中にも何度か戯れみたいなキスを繰り返して。早く居室に戻った方があたたかいのにそんなことをしているからなかなか進まなくて、しかしそんなやりとりに照れや呆れよりもうっかり嬉しさや楽しさのほうが勝ってしまうあたり、おれは結構酔っているのかもしれないなと内心で笑う。アルコールにも、この普段より少しだけ特別な夜の雰囲気にも。
 ようやく戻った居室のあたたかさに改めて気持ちが解れるのも束の間、あ、座る位置どうしよう、と思う。先ほどまでは太刀川の正面に座っていたのだけれど――そうしたら手は離さなきゃいけないな。そう思って一瞬躊躇ってしまうと、迅が結論を出すより早く太刀川が繋いだ手を軽く引いてくる。
「隣」
 当たり前みたいな声音でそう言う太刀川に、ほーんとかっこいいよねこのひと、と心の中で呟いた。そういうところが好きだな、という素直な気持ちは「うん」という頷きに込める。
 手を繋いだままこたつに今度は隣同士で潜り込んだけれど、一人暮らしの部屋におさまる小さなこたつだ。二人横並びで座ったらぎゅうぎゅうになってしまったけれど、ある意味でむしろ好都合かもしれなかった。そんなことを気にするような関係でもないし、くっつくように触れ合った肩や腕のあたたかさが心地良い。こたつでぬくぬくして、隣には好きな人の体温があって、目の前にはきんきんに冷えたビールとカゴに入った美味しいみかどみかん。最高の年末年始じゃん、と迅は小さく口角を緩ませた。
 ビールを飲んで、みかんを食べて、まただらだらと埒もない話をする。つけっぱなしのテレビの中はいつの間にか厳かな年越し番組から賑やかなバラエティ番組に変わっていた。あの番組の後ってこういう番組放送してたんだ、と思う。いつもの正月であればもう玉狛のリビングは片付けて、それぞれ自室に戻っている時間だ。今頃みんなはもう寝ているんだろうな、と不意に思いを馳せる。去年までの自分にとってもそれがいつもの流れだった。
 別に自分にとって夜更かし自体は珍しいことでもなんでもない。けれどそう思えば、こうしていつもとは違う夜――この人の隣で、ふたりきりで、だらだらと一年の始まりの夜を過ごしているのだという実感がじわりと染みてくる。
 年始だからといって何かロマンチックなことがあるわけでもない。ただ自分たちらしくだらだらと意味も無く夜更かしして過ごすこの夜が、だからこそ愛おしく思えた。
 元々酒に強い方でもない。部屋の中に漂うだらりと緩んだ雰囲気も手伝って、三缶目のビールを飲むのは互いにちびちびとスローペースになっていたが、それでも惰性のように飲んでいたらいつの間にかまた缶は空になっていた。あんなに山のように積まれていたカゴの中のみかんももう残り少ない。さて、どうしようか。そろそろ止めてもいいけれど。そう思いながら太刀川の方をちらりと見やれば、太刀川も同じタイミングで迅を見た。
 目が合った、ただそれだけの理由でキスがしたくなって、また吸い寄せられるように唇に触れる。
 唇からもアルコールとみかんが混ざった味がして少し笑いそうになりながらも軽いキスを何度か交わす。唇を離して再び視線が絡んだ時、太刀川の目がアルコールのせいだけではない熱を帯び始めていることに気が付いた。そして、自分だってきっと同じような目をしているだろうとその目に見つめられて気付く。
 そう気付いて、止まれるはずもないし止める理由もなかった。
 触れたままの肩のあたたかさを感じながら体をもう少し擦り寄せる。もっと深いやつ、と思って再び唇を近付けたけれど、こちらが触れるよりも太刀川が唇を押しつけてくるほうが早かった。


 全部を中に埋めると、アルコールのせいか最初からいつも以上に熱いような気がした。繋がった部分からとけていきそうだなんてばかみたいなことをつい思ってしまうくらいに、あつくて、やわらかくて、気持ちがいい。そんな感覚にどこまでも昂ぶっていきそうな熱を吐き出すみたいに、迅は短く息を吐いた。繋がった部分だけじゃなく、まだ挿入したばかりだというのに体全体がぽかぽかと熱くて、こちらもやはり少し酔っているのかもしれない。
 うっかりそのまま甘美な欲に任せて雪崩れ込みそうになったのを、コタツでするのは流石にのぼせそうだとかろうじて理性が働いたので隣のベッドに移動して、自然な流れのように肌を重ねた。
 テレビも消して照明を絞った薄明かりの中、見下ろした太刀川の肌も普段より赤いのが分かる。飲んでいるからだ、というのは分かっていても、その色気にくらくらとしてしまいそうだった。
 頬を熱っぽく染めた太刀川がゆっくりと息を吐いて、それに合わせて無駄なく整った腹筋が静かに上下するのをきれいだな、なんて頭の隅で思いながら眺める。こちらが足を抱え上げた正常位の格好で繋がっているのでその上で先ほどまでの愛撫で勃起した太刀川の中心が小さく揺れる。太刀川のきれいな体に見惚れる気持ちとしっかりと勃ち上がった性器に興奮するのと、両方が同時に目に入ってくる光景の淫猥さにじわりとたまらない気持ちが沸き上がった。
 動きたいな、と言ってくる性欲に素直な自分を抑えて、迅は太刀川の呼吸が整うのを待った。自分も気持ちよくなりたいけれど、それ以上に太刀川に無理はさせたくないし太刀川に気持ちよくなって欲しいと思う。それに何だか今日は特に、がっつくよりもずっと、優しくゆっくりとしたい気分だったのだ。
 うっすらと汗をかいた額に前髪が張り付いて、邪魔そうだなと思ったので指で軽くかき分けてやると太刀川が気持ちよさそうに目を細める。その柔らかい表情に嬉しくなって、吸い寄せられるようにその額に唇を落とした。そんな甘ったるいやりとりが今はただ幸福に思える。
 唇を離した後シーツの上に投げ出されていた左手が目に入って、戯れのひとつのつもりでさっきまでと同じようにその手をとって軽く指を絡めてみる。と、今度は太刀川からそれをきゅっと握りこまれた。少し驚いて太刀川の顔を見れば、悪戯が成功した子どもみたいにうれしそうな顔で迅を見ていた。
(ああ、もう)
 愛おしさに、心臓が音を立てる。
 もう片方の手も触れ合わせると同じように握りこまれる。柔らかい内側も、男っぽくて無骨なその手も指も、太刀川に触れている部分ぜんぶがあたたかい。この人に許されている、と思って、それがどうしようもなく嬉しくて胸が苦しくなった。
 不意に、先ほど思ったことがまた頭をもたげる。


→next





close
横書き 縦書き