all year round 2 収録「untie me, and tie me up」sample




 元々開いていたシャツの襟元をぐっと軽く引かれ、首元に噛みつくように口付けられる。熱い唇が触れて戯れるように軽く歯を立てられると、唇とは違う固い感触と柔い痛みに興奮させられる。頬に触れていた手を太刀川の後頭部に滑らせて、指でその少し癖のついた髪をくしゃりと撫でれば興が乗ったようにまた太刀川が迅の首筋に噛みついてきた。
 迅と同じように太刀川もまた、パーティの最中からこちらの姿に興奮していたのだということを知ってしまえば、もう。
(どうにかなりそうだな)
 迅は心の中で呟く。玄関先で我慢できずにこんな風にがっついて、がっつかれて、触られて噛みつかれて。まるで動物みたいだと思う。しかしそんな風に形だけ呆れてみせたって、沸き起こるのは興奮ばかりだった。
 ――自分がこんなふうに触れられるのを許すのも、間違いなく太刀川だけだ。そのことを改めて実感して、この人を好きにさせる自分に倒錯した優越感も覚えて口元が緩む。
 だけどそろそろまた、おれもこのひとに触りたい。パーティの間中、ずっとお行儀良く『待て』をしていたんだから。
 さらり、と自分の今の激情にはとても似つかわしくないほどに優しい手つきで太刀川の髪を梳くように撫でる。
「ねえ太刀川さん」
 名前を呼ぶと、太刀川が顔を上げた。視線が絡んで、迅はすうと小さく息を吸う。そうして、甘えるような柔い声で太刀川にねだった。
「ベッド行こ?」


 着ていたシャツのジャケットがいい加減邪魔に思えて、ベッドの下に雑に放る。そのまま流れるような手つきで白いシーツの上に彼を押し倒した。シャツもベストのボタンも、黒いネクタイだってしっかり上まで締めた隙のない格好をした太刀川を見下ろす。部屋の電気も点けていないから、開けっぱなしのカーテンから零れる月明かりが辛うじて彼の輪郭を浮かび上がらせていた。
 目の前のその光景に、迅は思わず舌なめずりをする。そうしたら、は、と太刀川は迅を見上げておかしそうに目を細めた。
「エロい顔」
 揶揄うようなその声音にわずかに生まれた恥じらいは、しかしそれ以上の興奮にあっという間に押し流されてしまう。
「そりゃなるでしょ。今からこんな隙のない格好した太刀川さんを、おれが」
 ジャケットとの隙間に手を滑らせて、ベストの上から太刀川の腰をゆっくりと煽るように撫でる。ベストの上からでも太刀川のしっかりと必要な筋肉のついた体つきと、迅よりいつも少しだけ高い体温が伝わってきて、この下にあるもの、少し先の時間のことを想像してじわりと自分の温度も上がっていく心地がした。
「好きに脱がせて、触っていいって許可貰ってるんだから」
 迅がそう言い切ると、太刀川も満足げに口元で笑う。それを合図にしたみたいに迅は太刀川の首に唇で触れて、それからベストのボタンに手をかけた。ランク戦の時は全然獲らせてなんてくれないその首が無防備に迅に明け渡されている、そのことを思うとたまらない高揚と興奮が頭を揺らすように思う。ぷちぷちとボタンを外してベストの前をはだけさせ、次にネクタイの結び目に触れた。
 ネクタイを少しだけ緩めた後、その下から覗いたシャツの一番上のボタンを外す。少しだけ露わになったその肌に愛しさと興奮が同じだけの強さで沸き起こって、衝動のままそこに唇を落とした。短く息を吐いた太刀川が、迅の頭の上で小さく笑う気配がする。
「ちまちま脱がせんの、めんどくさくないか?」
「全然。おれはこういう方が興奮するんだよね」
 断言すれば、わかんねー、と太刀川が笑い飛ばす。見解の相違だ。けれど理解し合えなくとも、こうして太刀川が迅の好きにさせてくれることがいつも嬉しかった。
 まるで大切なプレゼントを開けるときのように丁寧な手つきでネクタイを解いて、シャツのボタンをひとつひとつ外していく。そうして少しずつ露わになっていく太刀川の首筋に、鎖骨に、繰り返しキスをした。時々噛みつくように歯を立てたり唇で強く吸い付いたりすると太刀川が小さく息を詰めるのが分かって、それが楽しい。そうして触れるたびふっと太刀川の汗のにおいが薄く香って、その生身の太刀川のにおいに夢中になる。
 時間をかけてようやくするりとネクタイを全部解いて、シャツのボタンもすべて外した。そうしてはだけさせたシャツの間から、太刀川の形のいい腹筋からへそ、そして見慣れたパンツのゴムまでがちらりと覗いて、ぞくりと興奮が自分の背筋のあたりを駆けていくのが分かる。
(あーもう、たまんない)
 禁欲的とも言えるかっちりと隙のない姿から、こんなやらしい格好になって。
 噛みしめるように少しの間見下ろした後、愛撫の続きをしようと再びその肌に顔を近づけると、触れる寸前で太刀川が小さく身じろぎをする。
「迅、ジャケット邪魔……」
「ああ、そっか」
 確かに前を開けているとはいえ、タイトめに作られたジャケットを着たままでは邪魔かもしれないなと思う。迅が体を離すのと同時に軽く上体を起こした太刀川を手伝うようにジャケットを脱がせて、自分のそれと同じように放る。ジャケットの裏地の赤色がひらりと舞って床に落ちていった。
 流石に皺になるかもと一瞬頭を過りはしたが、まあいいかとすぐに忘れることにする。多少皺になってしまってもそれはそれ、太刀川もこういう場面でそんなことを気にするような性分ではないだろうということは分かっていた。
 太刀川がそのままの流れでシャツも脱ごうとしたので、迅はその手を掴んで縫い止めるように再び太刀川をベッドに押し倒した。唇が触れ合うくらい至近距離で見つめ合うと、シャツを脱ぐ邪魔をされた太刀川は少しだけ不服そうな目をこちらに向ける。
「シャツ」
「は、そのままがいいな」
 ジャケットはともかく、シャツくらいならそこまで邪魔にはならないだろう。じっと見つめて目線で訴えていれば、こちらの本気が伝わったらしい。太刀川はシャツを脱ぐのを諦めてその手の力を抜いてくれた。それが嬉しくて唇を軽く重ねてから、キスをゆっくりと下らせていく。首から鎖骨から胸元へと順番に触れていって、シャツをもう少しはだけさせた拍子に指先に黒いネクタイのさらりとした感触が触れる。
 ふ、と頭にひとついかがわしい閃きが浮かんでしまう。それとほとんど同時に視界の端で未来視も少し先の彼の姿を映し出して、そんなものを見てしまえば今浮かんだこのよこしまな欲求を満たさずにはいられなくなってしまった。
 唇を彼の肌から離して、解かれたネクタイに手をかける。不思議そうな表情になった太刀川に構わずするりとネクタイを首元から抜き取って、迅は「ねえ、腕、上に上げてよ」と太刀川に言った。
「なんだよ急に、……あー、なるほどな?」
 言いながら迅の言葉に従って、しかし途中でその意図に気付いたらしい太刀川がにやにやとした表情に変わってこちらを見る。これから何をされるか気付いていて、だというのに素直に腕は上げたままにしてくれるところが好きだなと心から思った。
 手に持ったネクタイを太刀川の両手首に巻き付けて、まとめてきゅっと縛る。痛くないように加減しながら、でもすぐに解けてしまわない程度にはしっかりと。シンプルな黒いネクタイが太刀川の手首をぐるりと拘束して、その結び目を確かめるように軽く指先で撫でてからわざとらしく挑発するような顔で太刀川を見下ろす。
「おれの好きにしろ、って言ったでしょ? 太刀川さん」
 パーティに向かう直前、太刀川の姿に欲情した迅に向けて太刀川自身が口にした言葉だ。それを持ち出して煽ってみせれば、太刀川は悪戯っぽくくつくつと喉を鳴らして迅を見上げ笑う。
「言ったけど。まさか迅くんにこんな趣味があったとはな~」
「太刀川さんにだけだよ」
 太刀川の言葉に、迷いもせず迅はきっぱりと返す。
 これを止めさせようと思えば太刀川はできたはずだ。現に手首を縛る直前にはもう太刀川は迅の企みには気付いていたし、その時点で抵抗しようと思えば頭上に上げた手を引くなり迅からネクタイを奪うなりベッドから抜け出すなりいくらでもやり方はあった。それに本気で嫌だと拒むなら迅がそれでも強要してくることはないと、太刀川もよく分かってくれているだろう。
 それでもこうして好きにさせてくれるから、こんなにもたまらない気持ちになる。
 だれよりものびのびと、自由に、あるがまま生きているこの人がおれに好きにされてくれる。どんなにわがままぶってみたって受け入れてくれる。その特別扱いを自覚できないほど、自分は鈍感ではなかった。
「太刀川さんだから興奮する」


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