We live to love and be loved! sample




 ただいま、おかえり、のやりとりもそこそこに、鞄を適当に放った迅はぼすんとソファに倒れ込むように寝転がった。一緒に暮らし始めた時に買ったソファは二人用にしてはゆとりのあるサイズではあるのだが、しかし迅もそこそこ長身なので適当に寝転がれば足が少しはみ出す。それに構う様子もなくソファに体を預ける迅に太刀川が「飯は?」と聞けば「食べてきた」といつもよりもずっとだらりと緩慢な声が返ってきた。
「お疲れだな。スーツ皺になるぞ? ソファ狭いし、寝るならベッドにしろよ」
 夕飯で使った食器を洗い終えて――といってもコンビニ飯なのでちゃんと洗うのはコップや箸くらいのものだったが――対面型になっているキッチンからリビングへと戻りながら太刀川が言う。太刀川の言葉に迅は「んー」と小さく呻いて身じろぎをしたが、起き上がろうという仕草はみせない。
「むり、一度寝転がったら動けない……一日会議は流石に疲れた」
 そうやたらと語尾の甘い声で言う迅に、太刀川はそれは疲れるよなあというわずかな同情とともに迅を眺めてつい口元を緩めてしまう。
 このところ、ボーダーはなかなか忙しい。まあボーダーはいつだって人手が足りないし忙しいのは昔から変わらないことなのだが、しばらく前に近界との関係にいくらか変化が生じたことにより、防衛だけではなく近界諸国との窓口の役割も担うなどボーダーの役割もさらに広がったということ、更にここ数週間は年度替わりの時期ということも加わって忙しさに拍車がかかっている。昔であればいざ知らず、自分も迅もボーダーに正式に就職し、それなりの役職を貰い運営の中枢に関わるようになった現在ではその影響をダイレクトに受ける立場となっていた。しかも仕事内容といえば最近は会議やら書類仕事やらのデスクワークが中心だ。
 自分もそうだが、元来迅も職場に閉じこもるよりもあちこち動き回るのが好きなタイプである。数年前、まだ自分たちがいち防衛隊員であった頃は『暗躍』だとか言って街中をぶらぶら視て回るのが趣味だった男だ。――まあ今でも多少そのきらいはあるが。
 だから職場にこもって仕事に追われる今、フラストレーションが溜まる気持ちもよく分かる。
 それに、自分以上に迅の方は通常業務に加えて新しい支部をつくるプロジェクトにも噛んでいたりと、なにかと掛け持ち仕事が多いせいで余計に忙しなさそうだった。頼られるのが好きで基本的に弱音を吐くことが苦手なこの男は、打診されたら多少自分が大変になっても構わず仕事を受けてしまいがちなのは昔からの癖だ。
(しかし、まあ)
 ソファで寝転がる迅の前にしゃがみこんで、太刀川は迅の顔を眺める。迅の青い目がゆっくりと動いて、太刀川と視線が絡んだ。
 よっぽどのキャパオーバーでなければ平気な顔をしてほいほい仕事を受ける迅が、こんなふうにあからさまにわがままぶって疲れた様子をこちらには見せるということに、太刀川はじわりと優越感を覚えるのだった。昔は太刀川にすら隠そうとしていたから、随分進歩と言えるだろう。そう思えば目の前の男がどうにもいじらしく思えて、手を伸ばして太刀川は迅の頭をまるで子どもにするように軽く撫でてやる。
「駄々っ子みたいだな。甘やかしてやろうか」
 そう冗談半分、本気半分で太刀川は迅に向けて言う。甘やかす、というのはお姫様抱っこでもしてベッドまで連れていってやろうか、というくらいの気持ちで言ったのだが、その言葉を受け取った迅はぱちりと目を瞬かせた。そして何が視えたのかわずかに細めたその瞳の青をすうと深くする。迅の頭を撫でていた手に迅の手が触れて、掴まれて、ゆるく指同士が絡む。迅の生身の体温が指先から柔く伝わってくる。
「……うん。甘やかしてよ、太刀川さん?」
 そう意地悪そうな顔でにまりと笑った迅のその目の奧に灯った色をみて、ああそっちか、と太刀川はようやく理解する。そしてまあ、それでもいいかとすぐ思って、迅に触れた指にこちらからも力を込めるのだった。



(――甘やかすってそっちかよ)
 こちらの股間に顔を埋めて熱を貪る迅を見下ろしながら、太刀川は心の中でそう呟く。
 てっきりこっちが主導権を取って触ったり上に乗っかったりさせてくれるのかと期待したのだが、結局迅はこちらに主導権を渡すつもりは無いらしい。あんなにソファから動くのを渋っていたのにあっさりと立ち上がって寝室に移動した迅は、ベッドに辿り着くなり太刀川を座らせて自分はその脚の間に体を滑り込ませて今だ。
 迅の言う『甘やかして』とは結局のところ、『自分が好きにするのを受け入れて』という意味だったらしい。
 ばかなやつだな、と太刀川はつい笑いそうになってしまう。こっちに全部任せてくれれば迅をどろどろに気持ちよくさせてやる自信だってあったというのに、結局太刀川の性感ばかりを迅は重視する。いつもこっちを気持ちよくさせて、ぐずぐずにさせてから最後にようやく自分のことだ。以前そのことを呆れ半分で指摘をしたら、気持ちよくなってる太刀川さんを見るのが一番興奮するからおれはそれがいいんだよと真剣な顔で言われてしまったからまた更に呆れる羽目になってしまった。
(つーかこれじゃ、いつもと変わんなくないか?)
 そうは思ったが、指摘はしないでやることにする。まあこいつのことをどろどろにするのはまた別の機会でだな――なんてひとりごちたところで、弱い部分を急にべろりと舐められて「っん、」と思わず口から声が零れた。集中していないと思われたのかもしれない。
 拗ねたかな。そう思って、そんな迅がどうにも可愛く思えて、宥めるつもりで迅の頭に手をやる。甘やかす、という言葉が自分の中でまだうずうずと出番を待っていたのもあるのかもしれない。少しぱさついた迅の茶色の髪を軽く撫でてやると、迅が気持ちよさそうに目を細めるのが分かった。



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