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リーグのスポンサー会社の重役たちとの打ち合わせを兼ねた会食を終え、レストランの前で別れる。ローズ委員長の時代よりさらに前からリーグのスポンサーを務めてくれている企業で、スポンサー企業の中にはたまに一癖ある人たちもいるものの今日の方々は温厚でとても良い人たちだった。今年のジムチャレンジが盛り上がっていることをとても喜んでくれていて、そうやって喜んで貰えるとこちらのやる気も一層上がるというものだ。先方指定であったバウタウン有数の有名レストランも流石の味で、新鮮で美味しいシーフードを沢山頂いた。
今日この後は打ち合わせなどの外出の用事はないので、タワーに戻って書類仕事を片付けよう。リザードンの入っているボールに手をかけようとしたところで、目の前をジムチャレンジユニフォームを着た少年たちが駆けていった。嬉しそうな様子で、手に大切に持っているバウジムのバッジが真昼の太陽に照らされて輝く。バウジムを突破したのか。彼らの嬉しそうな表情を見ているとこちらまで嬉しい気持ちがこみ上げてくる。
「あら、ダンデじゃない」
不意に後ろから声をかけられる。涼やかなその声に振り返ると、件のバウジムのジムリーダー――ルリナが立っていた。
「ルリナ!」
ルリナは先程ダンデが眺めていた少年たちの方を見やる。彼らはもう次のジムを目指してか元気に走っていって、その背中はあっという間に小さくなっていた。ルリナは彼らの背中を眺めながら微笑む。
「今の子たち、うちのジムクリアしていったわ。まだ荒削りだけど面白いバトルをする」
その言葉を聞いて、ダンデは「へえ……!」と声を零した。ポケモンバトルは全部わくわくしてたまらないが、荒削りだけど面白いとルリナが評するバトルだなんて俄然気になってしまう。リーグ委員会ではジムチャレンジの全ての試合を記録として録画を残しているので、タワーに戻ったら見ようと心の中でメモをした。
ルリナはダンデに向き直って、印象的な長い睫毛とブルーのアイシャドウに縁取られたその意志の強い目でダンデを射抜くように見やる。
「去年の決勝を見てエントリーしようと決めたって言ってた」
「……! そうか、嬉しいな」
今年のジムチャレンジのエントリー数は昨年比で三割増だった。
リーグスタッフの分析によると、昨年の劇的なチャンピオン交代劇の影響でポケモンバトルに関心を持つ子どもたちが増えたこと、バトルタワーを中心としたバトルの楽しさを啓蒙する活動たちが功を奏したのではないかということだった。自分がガラルのポケモントレーナーの間口を増やせたと思うととても嬉しい。そして数字の上ではエントリー増を把握はしていたものの、実際にそういった話を聞くとより実感が沸いてくる。ダンデは少年たちが去って行った方向をもう一度見る。もう彼らの背中は見えなくなっていた。
バウジムの次はエンジンジムだ。ジムチャレンジの関門のひとつと言われるエンジンジムだが、彼らが試行錯誤して強くなって乗り越えて、今日みたいに目を輝かせてシュートスタジアムまで辿り着いてくれることを願った。そしてどんな結果になろうと、彼らがこれからもポケモンバトルを愛してくれたら嬉しいと思う。
「そういえば、ここのシーフード美味しかったぜ。さすがバウタウンだな!」
そう言うと、ルリナは驚いたように目を見開く。
「ダンデが食事の美味しさを語るようになるなんて……。ソニアが言っていたことは本当だったのね」
「どこに感心してるんだ、ルリナ」
しみじみと頷くルリナにそう言うと、「だって本当じゃない」とばっさりと返される。そういえば、ソニアにも以前全く同じような反応をされたことを思い出す。……さすが親友、なのかもしれない。
「ジムチャレンジの頃からもうポケモンバトルのことばっかりで、食事に気を遣ってる記憶はなかったけど?」
「……否定はできないな」
ダンデは小さい頃から食にこだわりがあったような記憶はほとんどないが、ポケモントレーナーになってからはそれはより顕著になった。ジムチャレンジに参加すると、新しく出会うポケモンたち、面白い戦い方をするトレーナーたち、どんどん思いつく戦術や育成方法、広くて美しいガラルを駆け回る楽しさ、目にするもの耳にするもの全てにわくわくしてたまらなくて寝食の時間さえ惜しくなった。チャンピオンになって以降は仕事の忙しさも手伝って尚更、それらの優先順位は下がっていった。
食事に意識が向くようになったのは、チャンピオンでなくなってから――いや、もっと正確に言えば、チャンピオンでなくなってキバナとよく出かけるようになってから、かもしれない。色んな美味しい店を教えてくれて、ダンデが美味しいと言うと自分のことのように嬉しそうな表情をしていたことを思い出す。その時は、どうしてそんなに嬉しそうな表情をするのだろうと不思議に思っていたけれど。
キバナのことを思い出していると、不意にルリナがくすくすと笑い出す。何かおかしかっただろうか、とダンデはルリナを見る。
「なんか、前よりずっと、人間らしい表情するようになったわね。ダンデ」
オレは元から人間だが。そう返そうとしたけれど、ルリナがなんだか嬉しそうな顔をしていたので、ダンデはそれ以上言うのはやめておくことにした。
◇
ジムチャレンジが始まってしばらく経ち、ついにキルクスジムを突破したチャレンジャーが出たらしい。
「もうじきナックルジムにも挑戦者が現れるだろうな。オレさまもそろそろ忙しくなるなー」
そんなことを言いながらキバナは客人用のソファに凭れる。そろそろ忙しくなる、なんて言いながら既に十分忙しいだろう仕事をきっちり捌き続けるキバナは「シュートに用事があったからついでに顔見に来た」なんて言ってバトルタワーのオーナー室に訪れたのが少し前。飄々と、いつも何でも無い風に振る舞うけれどその実彼は本当にマメな男である。ダンデは嬉しいというのはは勿論あるが、いっそ感心してしまう。
ちなみにこの新しい関係性はまだ誰にも伝えてはいないが、彼がダンデの最高のライバルということはもうガラル中が知っている話なので、セキュリティの堅牢さはガラル随一と言っても過言ではないこのタワーの執務室に彼は顔パスで入ることができている。頻繁に顔を出してくるのも、元々仲が良いことは公言しているため誰にも訝しく思われることはないようだった。
「ダンデは? またタワーに泊まり込んだりしてないだろうな」
「流石に今はもうしていないぜ」
キバナの言葉にダンデは苦笑する。その返答にキバナは「そうか」と笑う。キバナの表情が不意に少し真剣な色を帯びて、キバナはソファから立ち上がってダンデの側に来る。キバナはダンデの耳元に唇を寄せて、口を開く。気安い友人から、恋人の距離、に変わる。
「……今夜、大丈夫?」
二人以外いないというのに、キバナはダンデにだけ聞かせるように耳元で低い声で囁く。その距離、声色に、夜を思い出してぶわりと体温が上がってしまいそうだった。ここは、仕事場だというのに。ダンデがキバナのその声にどんどん弱くなっているということを、この男は果たしてどのくらい理解しているのだろうか。
「……ああ」
極力平静を装ってダンデは返す。その返事を聞いて、キバナは目を細めた。
「楽しみに待ってる」
そう笑うキバナが嬉しそうで、なんだか変に照れてしまう。大きな窓から照らす夕日がキバナのよく整った顔をオレンジ色に照らして、綺麗だなと思った。
目の前に積み上がった仕事はまだまだある、が、今日中に終わらせられない量ではない。よし、手早く終わらせてしまおう――今夜キバナと過ごせることを思えば、もう一息頑張れそうだった。
どうにか仕事をある程度健全な時間に終えたダンデがタワーを出るタイミングでキバナに連絡をする。オレさまも仕事終わって今シュートに着いたところ、とすぐに返信が届いた。ほぼ同じタイミングでダンデの自宅に到着し、二人で帰宅する。
冷蔵庫の中にあるものでキバナが手早く夕飯を作ってくれて二人で食べて、いつものようにお互いにシャワーを浴びた後ベッドへ入る。ベッドへ入る、と言っても、キバナがあんな風に誘ってきての夜だ。そのまま健全に眠るだけ、なんてわけじゃない。
いつものように電気を消して、間接照明だけが二人を照らす中、何気ない仕草でキバナが重ねてきた唇を受け入れる。キバナに優しく肩を押されてダンデは柔らかなベッドに沈んだ。ダンデがベッドに沈んだところで開いた隙間を埋めるかのようにキバナが覆い被さって、彼の解かれた黒髪がダンデの頬を掠めて、再びが重ねられる。唇が離れて、至近距離でキバナと目が合った。
「そろそろ本当に忙しくなるから、しばらくこうやってシュートに来る時間取れないかも」
タワーで飄々とした口調で言っていたのとは違う、少し真剣みを帯びた口調でキバナが言う。――ジムチャレンジが終盤に入ってきたということは、ナックルジムにいよいよ挑戦者が訪れるということだけでなくチャンピオンカップも近いということだ。ガラルトップジムリーダーとして、そして何よりポケモンバトルを心の底から愛する一人のトレーナーとして、チャンピオンカップに向けてこれから本格的な調整に入っていくということでもある。
「そうか」
だから、とキバナは続ける。
「いい?」
そうお伺いを立てる彼は、紳士で――しかし僅かに、寂しそうな色も覗かせていた。バトルの時の息もつかせぬ苛烈さからは想像もつかないような彼の表情が、どうにも愛おしく思えて、ダンデはキバナの頬をするりと撫でる。
「いい、以外の答えがあると思うか?」
そう返すと、キバナはふっと笑った。その細められた目の中には、オレが映っている。
恋人みたいだ、と思う。いや、恋人なのだけれど。今でも時々不思議な気持ちになる。けれど、キバナがオレのことでこんな風な表情をすることが、たまらなく嬉しく、優越感が沸き起こる。
次のキスは深く、ダンデの口内に侵入してきた舌は熱い。キバナの舌に口の中を蹂躙される感覚は、ぞくぞくとして、しかし気持ちが良くて、どうしようもなく興奮した。応戦とばかりにこちらも舌を絡ませる。唾液が口の端から零れ落ちるのも構わず、息が苦しくなってくるまでキスを交わす。キバナの手が腰に回り、スウェットのズボンの中に侵入する。キバナの手が直接腰をゆるりと撫でて、小さくぴくりと震えてしまった。唇を離して、邪魔な服を脱ぎ捨ててお互い身につけているものはパンツだけになる。パンツの上からキバナが既にうっすらと反応を示し始めているダンデの中心に触れた。その布越しの刺激がもどかしい。
直接触ってくれ、と言おうとしたところで、キバナがダンデの胸の飾りを口に含む。
「……っ!」
そちらに意識を向けていなかったので、咄嗟に息が詰まる。ダンデの鍛え上げられた胸の先端をキバナが舌先で触れ、まるで飴玉を口の中で転がすように舐める。
キバナがダンデの胸を刺激するのは今日が初めてではない。そのうちここで感じさせたいらしいが、今のところ気持ちが良いというよりもくすぐったいの方がまだ勝っている。しかし、その間も下への刺激は続いていて、そちらの気持ちよさと胸への刺激が同時に襲ってきて混乱してしまいそうだ。
気持ちが良い、くすぐったい、気持ちが良い。じわりと先走りがパンツを濡らすのが分かる。
「……キバナ」
そう名前を呼ぶと、キバナはそれだけでダンデの求めるものを理解したらしい。
「直接触って欲しい?」
キバナの問いにダンデは頷く。了解、と笑ってキバナはダンデのパンツを脱がせる。唇が再び重なって、離れる。
「一回イっとこっか」
ダンデの中心がキバナの大きな手に包まれる。ゆっくりと、しかし段々とダンデの弱いところを理解し始めたキバナは的確にダンデの性感を高めていく。
「……っ、あ」
ぐ、とキバナの指先が少し強めにダンデの先端を刺激して、思わず声が零れる。とろりと液体が解放を期待してまた零れ落ちる。
「気持ちいい?」
キバナの言葉に、控えめに首肯するとキバナは微笑む。ダンデの中心に熱が集まって、硬さを増していく。戯れのようにキバナがまた胸を舐めて、体がびくりと震えた。その間にも手での下への刺激は続く。自分の口から零れ落ちた吐息が熱い。その吐息に僅かに声が混じって零れる度、キバナは嬉しそうに目を細めた。
乳輪の淵をなぞるように優しく触れていた舌先が不意に強く乳首を押した瞬間、ぴり、と背中を駆け上がる何か。……気持ちが良い、かも、しれない。そう感じてしまった自分に動揺していたところに、キバナがダンデの中心を強く扱いて、その刺激に思わず息を詰める。
ダンデの先端から零れ落ちた先走りがぬるついて音を立てる。キバナは責め立てる手を止めない。階段を駆け上がっていくように、どんどん高められていく。
「キバナ、も、う」
「イきそ?」
ダンデが頷くと、「ん、イこっか」と言ってキバナはさらにダンデの気持ちいいところを責める。優しく、でも強く的確にダンデを高める指先に導かれるままダンデは果てた。
ベッドに身体を投げ出すようにしながら、絶頂の余韻で荒くなった呼吸を整える。少し落ち着いてきたところで、キバナの指先が先程よりも後ろ――尻の割れ目を辿って、ダンデのまだ硬く閉ざされたそこに触れる。はっとキバナの方を見ると、目が合う。その美しいターコイズブルーがダンデの様子を伺うようにじっとこちらを見つめる。
「今日は、……指だけ。挿れてもいい?」
できるだけ痛くしないようには努力する、とキバナは遠慮がちに言う。こういった触れ合いはあれから少しずつ、何度も重ねてはきたが、そこにはまだ一度も何かを挿入したことはなかった。
少しずつ、行為に近付いてきている。そう実感してきて、ダンデは生唾を飲み込んだ。心臓の鼓動が少し早い。そわそわとして、緊張して、でも嬉しいような、色んな感情がマーブル模様のように混ざり合う。
「……ああ」
声には少し緊張の色が出てしまっていただろうか。ダンデの返事を聞いたキバナは「嫌だったらすぐ言えよ」と前置きをしてから、ベッドサイドに事前にキバナが置いていたローションを手に取った。中身を手のひらに出して体温で少し温めてから、ぬるついた人差し指がそっとダンデの後孔に触れる。ローションを優しくたっぷりと塗りたくるようにしながら周りをなぞる。
「挿れるぞ」
少し緊張したような声色でキバナが言った後、ぐ、と指先がダンデの中に入ってくる。
「……、っ! うぁ」
今までに感じたことのない感覚。息が詰まる。圧迫感がすさまじい。
キバナの細い指くらいなら、どうにか入るんじゃないかと正直思っていた……が、本来何かを入れる器官ではなく排泄器官である。突然の侵入者を拒むようにダンデのそこはキバナの指をきゅうきゅうと締め付けて排除しようとしてくる。痛くて、苦しい。正直に言って、気持ちが良いものではない。
ここで本当に快感が拾えるものなのだろうか、と不安が過ぎる。二人で気持ちよくなる為の準備のはずなのに、自分は受け入れよう、受け入れたいと思っているのにキバナの指さえも受け入れようとしてくれない自分の体がもどかしい。
「ダーンーデー」
鬱々とした気持ちになりかけたところに、キバナに呼ばれてハッと我に返る。キバナの唇が降ってきて、啄むように何度かキスを交わす。その柔らかな感触に、苦しさとかぐちゃりとしそうになった感情とかが少しずつ解れていく感じがした。
「ほんとに、無理だったら言えよ」
「むり、じゃ、ない」
咄嗟に返した言葉は、駄々をこねる子どものような言い方になってしまった。キバナは苦笑する。
「ホントか?」
「ほんとに……、気持ちは、無理じゃないんだ、無理ということにしたくない」
そう言うとキバナはひとつ瞬きをして、ふっと笑う。
「わかった。……ありがと」
お礼を言われることなんて何もしていないはずなのに、キバナはそう言う。たっぷりと塗りつけたローションの滑りのおかげで、どうにか少しずつ指は奥へと進んでいく。痛くて苦しいのは変わらずだったが、キバナの指が内壁をなぞると、これまでに味わったことのない内側からの刺激にぞわりとする。何かを探すようにキバナが内壁をゆっくりとなぞって、ある一点に触れた瞬間、まるで弱い電流が流れたかのような快感が駆け上がった。
「っ、あ……?」
思わず声を零すと、キバナが口角を上げる。「ここ?」と言ったキバナがもう一度触れると、ダンデの体はびくりと震える。すっかり萎えていたダンデの中心がゆるくまた頭をもたげ始めていた。
「キバナ、何……、っ」
「前立腺」
ダンデの言葉に、キバナがそう答える。
「男でも気持ちよくなれるとこ、らしい」
そう言ってキバナは強い力ではないが、そこを指の腹で軽く押す。瞬間、呼吸を忘れてしまうほどの強い快感がダンデの体を駆けていった。痛い、苦しい、でも気持ちいい。全部が一気に襲ってきて、混乱してしまいそうだ。
「~~っ、キバナ、ぁ」
名前を呼ぶと、キバナはまたキスをくれる。そうするとダンデが少し安心すると、ダンデ以上に分かっているかのように。じっくり、じっくり、ダンデの体の中にキバナの指の形を教え込むみたいにもどかしいほど時間をかけて慣らしていく。
「……もう一本挿れてもいい?」
しばらくそうしていた後、キバナがそう伺いを立ててくる。ダンデが頷くと、キバナの中指がそこに宛がわれてゆっくりと侵入してくる。
「……っ、ぅ」
入ってくる瞬間、どうしても圧迫感や苦しさ、痛さが勝る。先程まで快感を拾ってくれていた体がそちらに引っ張られてしまいそうになったところで、キバナが空いた手でダンデの再び萎えかけた前に触れた。後ろと前に同時に触れられて、ダンデは体を震わせる。後ろは苦しくて、でも前を扱かれて気持ちが良くて、萎えかけていた前もキバナの手の中でまた熱を取り戻していく。二本目の指がゆっくりゆっくりとダンデの中を進んでいって、二本目もある程度馴染んできた頃に人差し指と中指で先程のそこをきゅっと摘むように挟んだ。
「~~、ひ、ぁ!」
変な声が零れてしまってカッと頬に熱が集まる。先端からとろりと先走りが零れてキバナの綺麗な指を汚した。変な声を出してしまった、と恥ずかしくなったが、キバナは嬉しそうに眉を下げていてもっと顔が熱くなる。キバナの指がそこを弄ぶように触れて、その度にびくりと体が小さく震えた。前に熱が集まって、ぐるぐると溜まっていく。
二本目もたいぶ慣らせたと判断したキバナは三本目の指を挿入する。痛い。やっぱりどうしても痛いし、苦しい、体はまだ完全に受け入れ体勢とはいかない。だけどキバナの献身的な懐柔によって、ダンデの体は痛みや苦しみ以外のものも少しずつ拾ってくれるようになってきていた。
「ふ、……っう」
キバナが中で動く度、吐息とも声ともつかないものが口からぽろぽろと零れ落ちる。
「ダンデ」
柔らかく、ダンデを気遣うような声でキバナがダンデの名前を呼ぶ。その声に、不思議なほど安心する自分がいた。キバナの指がダンデの内壁に触れて、なぞって、そこに触れる。また先端から透明な液体が零れ落ちた。キバナが前を弄る指でそれをダンデの熱に塗りつけるみたいに絡ませて、ぬるついた感触と水音にぞわぞわと恥ずかしさと快感が襲ってくる。後ろは痛い、きつい、でも気持ちいいがどんどん降ってくる。痛みで萎えそうなはずだったのにキバナが上手く快感を拾い上げてくれて、じわじわと限界点が近付いてきていることがわかる。
「キバ、ナ」
そう呼ぶと、キバナがダンデの方を見る。目が合う。それだけで心の奥の方が疼くような心地がした。
「そろそろ、……っ」
「ん、わかった」
もうそれだけでキバナは理解してくれたようだった。前を扱く手を強めて、そして後ろに触れる手も休めずに。
前と後ろの弱いところを一緒に、少し強めに触れられると一層強い快感がダンデを襲って、快感の波に呑まれるようにダンデは白濁を吐き出した。
ダンデが出した精液の後始末を済ませて、キバナは「じゃ、シャワー浴びるか。ダンデ先がいい? もう少し休む?」なんて言うものだから、まだ少し荒い呼吸のままダンデはキバナの手首を掴む。
「……キバナは」
「へ?」
きょとんとした顔をするキバナの下半身にパンツの上から触れると、キバナはびくりと大袈裟に体を震わせた。そこは痛そうなほどに硬く勃起していて、熱い。よくぞこの状態で、何でもない顔をして終わりにしようと思ったものだ。ぐ、とパンツの淵に手をかけてキバナのパンツを脱がせようとすると、キバナは慌てた様子で口を開く。
「ちょっ、ダンデ……!」
ストップストップ! とキバナは制止する。ダンデは動きは止めたが、キバナのパンツに引っかけた指は退かない。
「キミももうこんなに硬くなってるじゃないか。それでよく今夜はもう終わりにしようとしたものだな」
ダンデが逃がさないようにキバナの目を見つめる。キバナは不意を突かれて一瞬目を泳がせるが、こうなったダンデがキバナを決して逃がそうとはしないことはきっと他でもないキバナ自身がよく知っているはずだ。
「ダンデ、オレはいーから、もう寝て……」
もういい時間だし、明日も仕事でしょお、とキバナは言う。しかしダンデはきっぱりと返す。
「オレばっかりはいやだ」
その言葉に、キバナの耳がじわりと赤くなる。唇をまごつかせたキバナは、しかしどこか嬉しそうでもあった。その沈黙と表情を肯定と捉えて、ダンデは続ける。
「キバナ、そこに座ってくれないか」
ベッドの淵に座ったキバナの前にダンデは跪くように膝立ちをして、キバナのパンツを脱がせる。目の前にぶるんと現れたキバナのそれはもうすっかり赤黒く勃起していて、もう何度も見ていたが改めてその大きさに一瞬驚いてしまう。
「無理はするなよ」
キバナがすかさずそんなことを言うので、ダンデは「無理なんてしてないぜ」と返してそれを口に含む。熱くて、生々しい感触。キバナが息を詰めるのが分かる。大きくて全ては口の中に入りはしないけれど、できるだけ大きく咥えて、舌を這わせる。
フェラチオをするのは初めてだ、が、キバナには何度かされたことはある。その時の記憶を辿りながら、見よう見まねでキバナを高めていく。裏筋をなぞるように舌を這わせて、先端を舌で押すように舐める。キバナの口から零れる吐息が熱を帯びていくのが分かる。とろりと先走りがキバナの先端から溢れ出してダンデの口の中を汚した。
「ダンデ、オマエそんなんどこで覚えて……」
荒くなってきた呼吸の合間にキバナが言うので、ダンデは一度キバナのそれから口を離して答える。
「キミもオレにしただろう。キミはオレを純情な生娘か何かとでも思っているのか?」
キバナの熱のそばで喋ると吐息がかかるのだろう、キバナが小さく体を震わせる。
「……っ、いや、思ってはないけど」
確かに、ダンデをよく知るからこそキバナがそう言いたくなるのも無理はない。これまでの二十年と少しのダンデの人生の中で性に関することは知識としてはある程度はあったが、実地の知識や性欲はほとんどなかった。なかったはずだったし、今までもこれからも自分には縁のないものなんだろうなとぼんやりと思っていた。しかしキバナと触れ合う度、段々と沸き上がってくるものがあることをダンデは感じていた。
再び口に含んだキバナのものは、恐らく世間一般の男性のサイズよりもずっと大きい。先程ダンデの後孔に挿入したキバナの指とは比べものにならないサイズだ。
(こんな、……本当に入るのか、オレの中に)
そう想像すると少しだけ竦むような気持ちと、しかし、興奮も確かにあって。こんな熱がオレの中に入ったら。キバナと繋がったら、どんな――それは想像の話じゃなくて、確かに近付いてきている未来だ。どうなるのか想像もつかない。だけど、他でもないキバナとだから、進んでみたいと思える。
ダンデの口の中に入りきらないキバナの根本部分に手を這わせる。撫でるように触れて、玉の部分を軽く揉むようにするとキバナは「……っ、あ!」と堪えきれなかったような声を零す。それが可愛く思えて、より深く咥えこんでキバナの熱を舌でねっとりと舐める。吸ってみたり、舐めて、触れて、刺激していたらキバナの手がダンデの頭を撫でるみたいに触れる。
「ダンデ、も、出る……」
キバナの表情はなるほど余裕がなくて、その切羽詰まった表情にドキリと心臓が音を立てる。わかった、と言った声は咥えたままだったのでうまく言葉にはできていなかったがきっとまあ伝わっただろう。キバナの性感を高めるべく口淫を一層強く続けると、キバナは焦ったような声を上げる。
「いや待って、口離して、ほんとにもう出るから……っ」
キバナは口を離して欲しいのだろう、ということは分かっていたが、何だか離す気になれなくてキバナの制止を無視してそのまま続ける。
「……っ!」
キバナが息を詰める。同時に体を震わせて、キバナは勢いよく吐精する。口の中に熱くて苦いものが勢いよく吐き出された。
「ダンデ、飲むなよ、絶対飲むなよ、お腹壊すからな」
吐精の余韻もそっちのけで、今これが原因で体調崩すのはオレが許さん、とキバナがベッドサイドのティッシュを何枚も出しながら本気の表情で言う。勿論ダンデも大人として、そして責任ある立場としてこの時期に体調を崩すのはどう考えてもよろしくないとよくよく理解しているので大人しくキバナが差し出したティッシュにキバナの精液を吐き出す。吐き出しても苦くて熱い後味が口の中にまだ残っているけれど、キバナのものだと思えば不思議なほど嫌悪感はなかった。キバナの精液を吐き出したティッシュをくるんで、手近なダストボックスに捨てる。
「気持ちよかったか?」
ダンデがそう聞くと、キバナは頬を赤くしながら「……そりゃもう」と答えてくれた。
今度こそ二人とも今夜二度目のシャワーを浴びて、色んな液体がどうしても零れ落ちて乱れたシーツを綺麗なシーツに替えて、ベッドに寝転がる。明日の朝のアラームをセットしたことを確認して、おやすみ、と言おうとしたところでキバナが近付いてきて唇が重ねられた。キバナから、ボディソープの清潔でいい香りがする。
今度は舌を入れられることはなかったが、じっくりと味わうかのように少し長めに触れてからキバナの唇が離れる。
「ジムチャレンジ終わったら、どっかで休みとれる? できれば連休がいいんだけど」
至近距離のまま、キバナがダンデに問いかける。
「ジムチャレンジが終わってからだったら大丈夫だと思うぜ。なんならスタッフたちは歓迎してくれるだろうな、前の有給だっていい加減とってくれって言われていたし」
そう返すと、キバナは「そっか」と言ってくすくすと笑う。夜の中を二人で揺蕩うような、穏やかな時間。間接照明のオレンジ色の柔らかな灯りに照らされたキバナの細められた目が、ゆっくりと真剣なそれに変わる。キバナがダンデの髪を柔らかく梳くように撫でる。
「……その時は、最後までしたい」
最後まで、の意味なんて、もう皆まで聞かずとも分かる。喉の奥がひり、と乾いてダンデは唾を飲み込む。その意味を咀嚼して、想像して、よく理解した上でダンデは口を開く。
「ああ」
ダンデの返事を聞いて、キバナはほっとしたように柔らかく笑う。そしてダンデの額に戯れのようなキスを落とす。
「おやすみ」
「……おやすみ」
間接照明も消すと部屋は真っ暗になって、しんと静かになる。隣にいるキバナの体温を感じながら、ダンデは眠りについた。