苦い顔をする迅悠一×ものすごくくだらない買い物をする太刀川慶
「えぇ、なにそれ」
ご飯も食べて落ち着いていざそろそろ――という段になって、押し倒しかけた恋人が「そうそう、面白いもの買ったんだよ」とするりと腕から抜け出した。その時点で迅は調子を狂わされたというのに、そのうえ嬉々としてベッドの上に並べられたものを見てなんとも言えない顔をしてしまったのは仕方ないことだろうと思う。
「なにって、ゴムとローションだろ」
「いやそれは分かるけどさ」
それは分かる。だけど普段使っているものとは違う、何やらポップだったりやたらファンシーだったりする、そして圧倒的爽快感だとかスイーツのような香りとかよくわからない煽り文句がついたパッケージのそれらを、どういうつもりでどういうタイミングで買ったのかということが、おれの疑問なのである。
「面白そうだろ?」
そう言った太刀川が、そのうちの一つである暗闇で光るとかなんとか書いてあるコンドームを手にとってこちらに見せつけてくる。
「これやばくないか? 光るんだって」
「おれは絶対つけないからね」
「なんだよケチだな」
「これつけて萎えない自信ないよおれは」
そうかー? だなんて呑気な声で笑い混じりに言った太刀川が、ひととおり並べたグッズたちを検分した後ようやくこちらの疑問に答えてくれる。
「この間、大学のやつらと飲んでいい感じに酔っ払ったとき、ノリでこーいうの売ってるとこ行ってな。面白そうだから色々買っちゃったんだよ」
と何でもないふうに言うから、へえ、と答える声はどこかぎこちなくなってしまった。その光景をついうっかり想像してしまったからだ。
太刀川の大学の友人のことを、大学に通っていない迅はよく知らない。もし通っていたとしても学年が違うから結局同じことだとは思うが、とにかく、そういう人たちと一緒にそんなふうなことをするのかということと、そしてそういう人たちの前でこれを選んで買ったのかということにいやに首の後ろが熱くなってしまった。だって多分それは、買うときにこの人だって少なからず想像したのは、おれとのことなんじゃないかっていう話で――。
妙な気恥ずかしさと、独占欲と、そして少しだけ頭をもたげるもやもやとした気持ちにどうにも座りの悪い心地にさせられる。ふと思ってしまったことについて、そんなことはないだろうと思うのに、言葉で聞かないと落ち着けないなんて。自分はこの人と付き合ってどれだけ甘えたになってしまったのかと呆れるというのに、しかし。
手近にあった、食べられるローションなるもののボトルを眺めながら、目を合わせずさりげなさを装って迅はそれをゆっくりと言葉にする。
「……おれとのいつものセックス、飽きてきた?」
言ってから、顔を上げられない。なんてことない声音で言ったつもりだったのに、自分がいやに苦い顔をしているのが分かってしまったからだ。
くだらないと、自分でも分かっているのに。ラベルを読んでいるふりをしながら、やっぱなし、と言おうかという気持ちでじりじりと焦れ始めたところで太刀川がくっと喉を鳴らして笑った声が聞こえた。
「おまえ、……」
ああ今頃肩を揺らしてめちゃくちゃ笑ってるんだろうなと思う。視線の先にある太刀川の胡座をかいた膝も小さく震えている。
その手が伸ばされたと思ったら、両手で頬を挟まれてぐいと無理やり顔を上げさせられる。視線が絡む。そのまなざしだけで、ああやっばりそんなことはなかった、と分かる。ついでに今この人が、おれのことをかわいいやつだなと思っているのだろうということまで。
「そんなわけないだろ。いつも楽しいし気持ちいいぞ。……わかるだろ?」
そう誘うように目を細められてしまえば先程抱いた一抹の不安なんて蹴っ飛ばされて、ついでに中断させられたことで一旦落ち着きかけた気持ちの盛り上がりも復活してしまう。
返事をする前に、太刀川は迅の手からひょいとローションのボトルを奪ってラベルをちらりと眺める。
「これ気になったか? そうそう、甘いから舐めても美味しいんだってさ。どんなもんか分かんねーけど、なあ、迅」
試してみようぜ、とその唇が不埒に動く前に、未来視が閃いて少し先の未来を教えてくる。おれの前に跪いて、股の間に顔を埋めてソレを美味しそうに――なんて光景を見せられてしまっては、そんなの、たまったものではない。
ああもう、己の単純さに呆れてしまう。結局いくらかっこつけようとしたって、この人の前ではおれは欲には勝てないのだ。絆されていると思う。こちらの気色が変わったのを察したらしい太刀川が、ふ、と言葉の途中でその口の端を得意気に緩ませる。
「おまえもやる気になってきたみたいだな」
その顔がどうにもかわいくて、いやらしかったので。迅は目の前の熱以外のことなんてもうどうだっていい気分になってしまったのだった。