「いじめないでよ」という迅悠一×「触らないのか?」という太刀川慶




 今日はしないからね、と言いながらこの人の部屋に来てしまったのは自分の目算が甘かったのかもしれない。本当に、絶対にしないつもりなら、そもそも来ないことを選択するのが一番良かったなんてこと考えるまでもないのだ。それでも来てしまったのは、久しぶりに恋人のことを頭に思い浮かべてしまって、どうしてもあの人の顔を見たい、声を聞きたいと思ってしまったら止まれなかった。
「なあ」
 部屋の電気を消そうと思って迅がスイッチに手を伸ばそうとした時、背後に気配を感じたと思ったらふっと淡い石鹸のにおいが香った。いつもの茫洋とした低い声が後ろから降ってきて、そうして、伸ばしかけた手を後ろから取られて絡ませられる。
「触らないのか?」
 そう耳元に唇を近づけて囁いたのは、きっとわざとだ。その息遣い、息の温度までを耳元で感じてしまって、思わず喉を鳴らしてしまいそうになった。
「さ、……わらないよ。言ったでしょ、おれは明日早いんだよ。会議があるから」
「それならうちに来なきゃよかったのに」
「……顔見たかったんだよ。セックスするだけが全てじゃないでしょ?」
「まあ、それはそうだけど」
 すり、と指の間を煽るように撫でられる。その動きのいやらしさにたまらなくなって、こんなことどこで覚えたんだと言いたくなる。普段は性欲なんてありません、みたいなぼんやりした顔をしているくせに。
 そんなことを考えていたら、かぷりと後ろから首元に噛みつかれた。軽く歯を立てられて、そしてねっとりと舌で愛撫されると、ぞくりとして思わず体が小さく震えてしまう。それはすぐ後ろにいる太刀川には当然、バレてしまっただろう。
「会うのも久々だろ。……俺はおまえに触られたいし、触りたい」
 ずっと我慢してたんだ、なんて、熱を孕んだ声で言われてしまったらもう。
「っ、……いじめないでよ」
 思わず言った声は動揺で上擦ってしまった。そのせいか、それともこちらの言い草がおかしかったのか、太刀川はくつくつと喉を鳴らして笑う。
「いじめてはないだろ。流石に嫌がるやつの服を無理やり剥ぎ取って乗っかってやろうとまでは思ってないぞ? 選択肢は与えてる」
 遊ぶようにこちらの手を愛撫していた指が止んで、そしてきゅっと軽く握りこまれる。
「なあ、俺はさっき言ったとおりだ。おまえはどうする?」
 選択肢は与えていると言ったけれど、こんなのはもうほとんど誘導尋問のようなものじゃないかと思う。しない方がいい、なんならもう顔を見る声を聞くという目的は達成したのだからここで帰るのがベストだろうとすら思う。
 それは分かっているのに。
 繋がれた手を一度解いて、そして電気を消さぬまま太刀川を振り返る。目の前に未来視が閃く。一回で済むはずがないと未来視は訴えているけれど、もう、そんなもの。
「――一回だけだよ、それ以上はしない」
 言えば太刀川はふうんと挑むように目を細めて、「わかった」と言った声は、きっとこちらの決意と始まる前からの揺らぎを同時に見透かしていた。




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