アロワナ水槽の前で立つ迅悠一×相手を自分のものだと平熱で思っている太刀川慶
迅のことを、きれいだなと思うことがある。
いや、どこぞの美人な女の人と並べて言うような「きれい」ではない。それはそれで失礼かもしれないし、迅はよく見れば意外と整った顔をしているとは思うが、そういう話ではないのだ。
それは迅と付き合い始めてから、ふとした瞬間に思うようになったことだった。何か予兆があるわけではない。本当に、ふいに、なんでもない瞬間に思うことがある。
そう例えば今みたいに。
閉館間際の水族館は家族連れも帰ったおかげか人もまばらである。貰いものの水族館の割引チケットの期限がそういえば今日までだったからと、迅を連れ出したのが夕方のこと。三門の中心部から電車で数駅の小さな水族館で二人、展示をあらかた回り終えたところである。
太刀川がそろそろ次に行こうと数歩歩いたが、ついてこないなと思って振り返れば迅はまだ先程の大きな水槽の前にいた。
優雅なアロワナが泳ぐ水槽。どこか幻想的にライトアップされた水槽の明かりに照らされた迅の横顔が、その輪郭が、なんだかいやにきれいなものに見えたのだった。
声をかけるのも忘れて少しの間迅の横顔を見ていると、視線に気づいた迅が「あ」と言ってこちらを振り返る。
「ごめん。待たせてた?」
そう言って早足でこちらに歩いてくる迅にはっと我に返って、「いや」とだけ返す。迅は少しだけ不思議そうな顔をしてから、「なんかアロワナよく見たらきれいでさあ。ま、次行こっか」と軽やかな足取りで次の展示へと向かっていく。それに、おまえのほうがきれいだったんじゃないかと面と向かって言うような、気障な甘さは自分は持ち合わせてはいないけれど。
大股で歩いて迅に追いつき、ぶらぶらと触れるその手をとって絡める。迅が驚いた顔でこちらを振り返った。この反応は視ていなかったのか、油断していたのか。
「デートなわけだし、らしいことするのも悪くないだろ?」
迅の耳元でさりげなくそう囁いてから、絡める手に力を込める。手の中に迅がいることに満足をして、先ほど感じたきれいなものが手の中にあることに、独占欲が満たされる。ああそうか、と気付く。俺はこの男が好きだから、この男がどうにもきれいに見えるのだ、ということに。