布団が冷たくて寝られない迅悠一×唇が荒れている太刀川慶




 太刀川の家の布団は薄い。ゆえに寒い。
 客用布団だから仕方ないだろうと彼は言うが、そもそもこの部屋自体が寒いのだ。建物自体が古いからどこからともなく隙間風が入ってくる気がするし、エアコンの効きだって悪い。A級で給料はそれなりに貰ってるんだからもっといいところに引っ越せばいいのにと迅も言ったことはあるが、あんまりきれいでも落ち着かなさそうだし、なにより本部に近いから意外と気に入ってるんだと太刀川はずっとそのまま住み続けている。
 そして文句を言いつつも、結局こうやって遊びにきては泊まりにまでくる自分も自分なのだった。
 そんなに寒いならベッドに一緒に入るかなんて冗談めかして言ってきた太刀川を「狭いからやだ」と一蹴し、布団に入って照明も落としてしばらく。布団は一向に温まらない。そもそも自分は体温がおそらく低い方なのだ。足先が冷えたままのせいで寝付けず、ずっと同じ姿勢でいることにも飽きてもぞりと寝返りを打つ。太刀川が眠っているベッドの方を向くが、高さの差があるので太刀川の様子は伺い知れない。ベッドの方は静かなもので、こちらのようにもぞもぞと動く様子はない。もう眠っているのだろうか。思えば太刀川は昔から寝付きは早かった――泊まりで何かしたことが多いわけではないが、学校でも本部でも眠いと言って机に突っ伏したらあっという間に寝ていたのをよく見ていたゆえの迅の印象だ。
「なあ、迅。起きてるか?」
 だから突然話しかけられて、自分でもびっくりするくらいに驚いてしまった。
「え、……起きてるけど。なに? 太刀川さんが寝付き悪いなんて珍しいじゃん」
 まさか、やっぱりこっちで一緒に寝ないかという誘いじゃあるまいなと少しだけ警戒しながら返す。未来視を効かせようとするが、暗いせいかよく視えない。そんな迅の静かな動揺をよそに、太刀川はいつもの調子で言う。
「あの、唇に塗るやつ。持ってないか? ガサガサしててちょっと切れたっぽい」
「……リップクリームのこと?」
「そうそう、それだ」
 暗闇の中で太刀川の声だけが上から降ってくる。唇が切れたって、この部屋が乾燥しすぎなんじゃないの。そう思うのと同時に、今は見えない太刀川の唇をうっかり想像してしまって、いよいよ落ち着かない気持ちにさせられてしまった。ああ、もう、だめだこれは。
「持、ってないよ」
 そんなまた自分に動揺してしまったから、言った声は変なところでつっかかりそうになって、その不自然さを見咎められないことを祈った。迅の内心の祈りが通じたのか、太刀川は拍子抜けするほどあっさりとした様子で「だよなあ」と返す。
「ま、仕方ないか。コンビニ行くほどでもないし、我慢するわ」
 悪いな、おやすみ、と太刀川が言う。うん、おやすみ、と迅が返したあとはそれきりまた部屋の中は静かになった。少しして、すう、と微かな寝息が聞こえてくる。やっぱりこの人は寝付きがいいらしい。
 しかしこっちはまだ寝つけそうにもない。
 じわりと熱くなった耳から全身の温度が上がって、先ほどよりも布団の寒さは気にならない。だというのに気持ちはざわざわと落ち着かない。また寝返りをして太刀川が眠るベッドに背中を向けてみるも、先程想像した唇がまだ、迅の脳裏からどうにも消えてはくれないのだ。




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