太刀川さんの家のあかりを確認しにいく迅悠一×遠征に出ている太刀川慶
そろそろ深夜にかかろうかという時間、防衛任務帰りに少しだけ寄り道をして帰る。行き先はたいしたものじゃない。目的があるわけでもない。ちょっと遠回りで帰るだけの、散歩みたいなものだというのは自分にわざとらしく与えたただの口実だった。
家を知っているのは別に、ストーカーなんてしたわけではない。しばらく前に読み逃して酔っ払った彼と偶然夜道で出くわした時に――未成年なのにいいのかと思わないではなかったが、大学生なんてそんなもんかと思い直した――、なんやかんやと肩を貸して帰る手伝いをしてあげた時に知っただけだ。警戒区域にほど近い、よく言えば趣のある古いアパート。大学生になって少しした頃にひとり暮らしを始めたのだということは、そのしばらく前に風の噂で聞いていた。
警戒区域を出て十分も歩くとそのアパートは見えてくる。二階建てのアパートの、二階の角部屋。歩道から見上げた、その窓の明かりは消えている。消えていることは知っていた。視るまでもない。この部屋の主である彼は、先週から近界へ遠征に出ているからだ。
迅は短く息を吐く。息は白く染まってじわりと溶けて消えた。気づけばもうすっかり冬だ。
彼との距離が開いて何度目の冬だろうか。いや、数えるまでもない。二年前の秋に自分がS級になったのだから、これで三度目の冬である。
喧嘩をしたわけじゃない。何か気まずいことがあるわけじゃない。ただ、距離が開いた、それだけ。そうしたらその距離の戻し方が分からなくなってしまっただけなのだ。
(分からなくなっただけ、――っていうのも少し違う、か)
あの日読み逃して酔っ払った太刀川に会ったのもわざと会うのを避けていたから、太刀川の未来を視ていなかったせいだった。
怖かったのだ。もう一度距離を詰めてしまうのが。そうしたら自分は、あれから必死でまたつくりあげてきた、律してきた自分自身を保てるかどうかの自信がなかった。
だから会いたくなかった。近づきたくなかった。だけど誰より会いたくて近くに居たかった。
(その結論がこれか、なんて、自分でも呆れるけど)
彼がいないと分かっている部屋を確かめる。そこに彼が生活をしていることに、少しだけ彼を近くに感じて、その瞬間だけ彼のことを思うことを自分に許して、ほっと息を吐く。ただそれだけ。忙しない日々の中のわずかな時間。予知をなにかと覆してくることの多い彼のことだからと、わざわざ彼が遠征に行っているとき、百パーセント見つからないときを狙ってこんな遊びをする自分の臆病さも自覚しているけれど。
この時間だけいつもは心の奥底に鍵をかけて仕舞っている、あの頃のひどく純度の高い気持ちを、思い出せるような気がするのだ。
「……あー、帰るかな」
立ち止まったのはほんの数秒。人通りのない静かな道で誰に言うでもなく小さく呟いて歩き出す。今日の夕飯は小南のカレーで、防衛任務当番の分はちゃんと鍋に残っているはずなのだ。そのことを思い出せばお腹が空いてきた気がして、迅は帰り道を辿る足をゆっくりと早めていった。