寒さに弱い迅悠一×餅のストックを切らした太刀川慶
あ、と台所下の戸棚を漁っていた太刀川が声を上げた時、いやな未来が視えてしまって迅の頭はすぐにそれをどう回避するかというために回り始める。冗談じゃない、なんたって外は今、雪まで降り始めたところなのだ。
「迅」
「おれは行かないよ」
その意思表示のためにこたつに改めて潜り直すと、居室に戻ってきた太刀川が「この寒がりめ」と言って迅を見下ろす。どうでもいいけどこの人は半纏がやたら似合う。実家にあったやつ貰ってきた、と言って当然のように二着出してきたときはおれも着るのかと顔を少しばかり引きつらせてしまったが、まあちゃんと防寒具だ。どこから隙間風が入るのかいつも少し寒い太刀川の部屋に来たときには結局は迅もその恩恵にありがたく預からせてもらっている。
「だってもうなくなっちまったんだぞ、餅が」
「餅がなくても飢え死にはしないよ、米とか麺とかはあるでしょ」
「それはあるけどな、でも正月休みなんだぞ? 餅は必要だろ」
「餅を食べなきゃいけないって決まりはないよ」
太刀川が何を言おうが取り付く島もなく返す。迅が譲る気はないと分かったのだろう。太刀川が珍しくむっと不機嫌そうな表情になる。
「おまえこういうときはやたら口回るよな……」
「お褒めの言葉どうも」
言ってから、再びちらりと外を見やる。雪は先程よりも少し激しさを増しているような気がする。
「こんな雪まで降る寒い中、外に出るなんて正気じゃないとおれは思うね。どうしても行きたいならひとりで行けばいいじゃん」
迅の言葉に太刀川は唇を尖らせる。自分が寒がりなのは、まあ認める。しかしこの雪まで降る寒空の下、わざわざ餅だけのために外に出ようと思える人間がどのくらいいるだろうか。そんなことよりもおれはこのこたつの暖かさを享受してだらだらと休みを過ごしたいのだ。
「あのなあ」
頑として動かない迅の前に、太刀川がしゃがみこむ。呆れたような、こちらを宥めすかそうとでもするような年上ぶった表情で迅を見つめる。
「久々に休みの合った恋人にそんなつれないこと言うなよな。さみしいだろ」
ぐ、と変な声が出そうになってしまった。
だってこのひとにそんな言葉、――さみしい、なんて、あんまり似合わなかったから動揺してしまったんだ。
「一人でもいいっちゃいいけど、でも折角なら一緒に行ったほうが楽しいだろ?」
なあ、と誘いをかけるように太刀川がこちらの顔を覗き込む。おれを遊びに誘う顔。この誘いに乗ったらこの雪が舞う寒い外に飛び出していかなきゃいけないなんて分かっているはずなのに、どこまで本音なのかなんてわからないのに、天秤はなぜか揺らいでしまう。ああくそ、この顔に弱いんだ。まるでパブロフの犬みたいに、この顔を見るとあっさり降参してしまう自分にひどく呆れる。
「……貸しイチね。わかった?」
渋々といった態度を崩さないようにしながら迅がそう言って立ち上がろうとすると、太刀川は満足げににまりと笑う。
「やった。そろそろ他の買い出しもしようと思ってたんだよな」
「それって荷物持ちじゃん!」
こんなことだろうと思っていたのに、という気持ちで思わず叫ぶと、太刀川は「まあまあ、それはついでだ。さっきのは結構本音だぞ」と言ってくる。そしてついでのようにひとつ付け加えた。
「貸しイチな? じゃあ帰って餅食ったら――そのあとは好きにしていいぞ」
本当にこの人は、これだから。
こたつのせいではなく赤くなりそうな顔を自覚しながら迅は返す。
「そんなことさあ、……おれに簡単に言わないほうがいいと思うけど?」
荷物持ちの対価としてそれは、自分を安く見積もり過ぎなのではないかと心配になってしまう。しかし太刀川はおかしそうに喉を鳴らして笑って、「ばかだな、おまえだからこれでいいんだよ」と甘やかすから、それ以上何も言えなくなってしまった。