ランク戦がしたい迅悠一×うたた寝をしている太刀川慶
未来視を辿って辿り着いた土手、見下ろせば体躯の大きな男が自分の手を枕代わりにして寝転がっていたから迅は思わず小さく「わあ」と声を上げてしまった。ゆっくりと降りて近づいていくと、いつもの胡乱な格子柄の目は厚い瞼に隠されて、すやすやと気持ちの良さそうな寝息を立てている。
天気がいいから日向ぼっこをしていたら、うっかりうたた寝をしてしまったというところか。春の日差しがとても心地よい今日だ、気持ちは分からないでもないが、本当に自由だなと呆れるようなどこか眩しいような気持ちになる。しかしそれこそがこの太刀川というひとらしいとも迅は思うのだった。
それにしても間が悪い。
迅は心の中でそんなことを思う。今日は珍しく時間があって、だから太刀川とランク戦がしたいと一度思ったら気持ちが疼いてしまって、珍しくこっちから太刀川を探しに出てくるほどだったというのに。普段であればまったくの逆だ。本部に迅がいると聞きつければすぐに探しに来て、今日はランク戦ができるかと聞いてくるのは太刀川の方だというのに。
「まさかお昼寝中とはねえ」
寝転がった太刀川の隣に腰を下ろして、迅は呟く。みずみずしい草のにおいがわずかに鼻をかすめた。迅の声に反応もせず、太刀川はまだすやすやと夢の中だ。
折角、毎日引っ張りだこの実力派エリート自ら探しに来てあげたっていうのに。いつもはあんなにランク戦しようしようってうるさいくらいのくせに。
拍子抜けするような、どこか面白くないような、焦れるようなそんな気持ちで迅は太刀川の隣で青々とした空を見上げる。平日の昼間の土手は人通りも少なく、たまに自転車が通る音がするくらいだ。
起こそうか、と迷う。多分ここで起こさないで帰ったと知ったら、太刀川は後から「なんで起こさなかったんだよ」と迅に怒るだろう。今、彼の肩を少し揺さぶって、そして迅が「ランク戦やろう」と言ったら太刀川は一発で目を覚ますだろうという自信もあった。ここはお互いのために起こすべきだろうなと思う。
だけど躊躇うのは、気持ちよさそうに寝ているから起こすのが憚られるという理由だけじゃないことに、自分で薄々気付いていた。
横目で隣の太刀川の寝顔を見やる。すやすやと規則正しい寝息を立てる太刀川の髪に、どこでつけてきたのか桜の花びらがひとつふたつ乗っかっているのに迅はふっと口許を緩ませてしまった。
(……かわいー寝顔)
そう思う自分の心の動きに、新鮮に驚かされてしまう。このひとのことを格好いいと思うことはあれど、かわいいと思うことなんてつい最近までなかったことだからだ。そしてそんなふうに思う自分自身を俯瞰して、最近ようやく自覚した感情を思い知る。
手をそっと伸ばして、起こさないように指で花びらに触れる。一枚掬うように手にとって、眺めて、そしてまた迅は人の気持ちも知らないで呑気にうたた寝をしている太刀川の方を眺めた。
このひとの寝顔を、かわいらしいこのさまを、もう少しだけ独り占めしていたい。早く起こして、一本でも多くこのひととのランク戦を楽しみたい。そのどちらの思いも自分にとって本当だから困ってしまう。
あと少し。あと五分だけ。そう思いながら、迅はもう一度太刀川の顔を眺めたあと指先で摘んだ花びらを見る。風が吹いて、迅の前髪を揺らす。それと同時に指を離せばピンクの花びらはふっと風に舞って、ちょうど川の向こうに見えるボーダー本部のほうへ踊るように飛んでいったのだった。