流れ星をみつけた迅悠一×相手に歯形をつける太刀川慶
「あ、ねえ」
そう言うと、太刀川はなんだというように迅を見上げる。素直にこちらを見てくれるその表情をかわいいなと内心でちらりと思いながら、迅はこっちこっち、と手招きで太刀川を呼んだ。
まだトリオン体のままだった太刀川は、グラスホッパーを使って器用に迅がいる二階建ての民家の屋根まであっという間に上がってくる。彼がさっき立っていた場所でも見えなくはないが、こっちの方が見晴らしが良いのだ。元々古くからの住宅街だったこのあたりは、二階以上の建物はあまり建っていない。ここより高い建物は、少し先――この警戒区域の中心にあるボーダー本部くらいのものだった。
互いに深夜帯にかかる防衛任務を終えて、まっすぐ帰ればいいのになんとなく夜風が気持ちよくてつい散歩がてら警戒区域に留まっていた。一人で一地区を任される迅と隊で防衛任務にあたっている太刀川では担当地区は違ったが、同じ時間帯だということは互いに知っていたので、任務終わりにぶらぶらしているところに『今どのへんにいる?』と通信を入れてきたのは太刀川の方からだった。そうして隊員たちと別れた太刀川が迅と合流したのが今さっきのこと。
特に何の約束もない。何の用事もない。だけどこんなふうに、ちょっとした時間を気安く共に過ごせることが迅にとっていまだ少しくすぐったく、そして嬉しいことだった。
「なんかあったか?」
「ん、これから。あっちの空見ててよ」
迅のすぐ隣に立った太刀川の質問に、迅は頷いてから遠くの空を指さす。太刀川がそちらを向いて数秒も経たないうちに、きらりと光るものが一閃、雲のない夜空を駆け抜けていった。それを見て太刀川が、「おお」と感嘆の声を上げるのを聞いて、迅は嬉しい気持ちになり頬を緩ませる。
「流れ星。この季節には珍しいでしょ?」
「だな。そういえば流れ星とか初めて見たかもしれん」
「おっ、ほんとに? まあ流星群の時くらいしか狙って見れるものじゃないもんね」
未来視がある迅にとってはたまに予知で事前に視えるものであるから、流星群の日などではなくても何度か見たことはある。しかし予知がなければ完全に偶然頼みの代物だ。なら余計呼んでよかったな、という気持ちと共に、少しだけ後悔もする。
「ああでも、先に言っておけばよかったね。そしたら願い事言えたかも」
流れ星が落ちるまでの間に三回願い事を言えれば叶う、なんておまじないは誰もが子どものころ耳にしたことくらいはあるだろう。勿論迅だってそれを本気で信じているわけではないが、そういった遊びとしては迅は結構嫌いじゃないのだ。迅の言葉を受けた太刀川も、「あーあったな、そういうの」と懐かしむように目を細めて笑う。
「もしさっき言えてたらさ、太刀川さんは何願った?」
残念ながら今夜はもう流れ星が降ってくる未来は視えないが、ちょっとした軽口、世間話くらいのつもりで迅はそう聞いてみる。そうすると太刀川は少しだけ考えるような素振りをしてから口を開いた。
「そうだなあ、俺だったら――恋人の迅悠一くんが、この後うちに来てくれるように願うかな」
「え」
一人でほんのりと甘やかな気分に浸っていたところに投げ込まれたそんな言葉に、迅は思わず弾かれたように太刀川の顔を見る。もし今生身だったら、盛大に心臓が音を立てていたに違いないだろう。心臓は無いものの生身の反応を再現した体は、勝手にじわりと顔に熱を集め始めてしまう。
そんな迅の反応を見て、太刀川は満足げに口角を上げる。
「会うの割と久々だろ。……俺はちょっと、期待してるんだけどな?」
そうこちらの顔を覗き込んで言った恋人の瞳の奥に、ちらりと欲の色が滲んでいることに気づいてしまったら、もう。
「……その願い、流れ星とかなくても叶っちゃいそうだけど?」
「お、やった」
迅の言葉に嬉しそうに笑った顔がいやに無邪気で、なぜだか分からないけれどそれに無性に欲が掻き立てられてしまった。
どうしよう。今日、どのくらい優しくできるかわかんないな――なんて迅は内心で心配をしたけれど、結局朝日が昇るまで強請られて、首元に歯形までつけられてしまったのは迅の方だったのであった。