寒さに強い迅悠一×相手に振られたと思い込んでいる太刀川慶




 思わず話しかけてしまってからすぐに、軽く後悔をした。いや、でも話しかけてしまうだろう。知り合いがあんな寒そうな格好で外を出歩いていたら。
「寒そうだな」と出会い頭太刀川に話しかけられた迅は、こちらに気付いて顔を上げて「あー太刀川さん。おつかれ」といつもの顔でへらりと笑う。その顔があんまりいつも通りだったことに、安心するのと面白くない気持ちになるのと両方がある。やっぱり今日は、話しかけないほうが良かった。まだ自分の中で気持ちが落ち着いていないからだ。
「別に寒くないけど。太刀川さんのが厚着じゃない?」
 太刀川の気も知らず、迅は呑気な顔でそんなことを言う。だから呆れた気持ちになりながら太刀川は返した。
「いや、もう十一月も末だぞ。今日とか夜は真冬並みに寒くなるって言ってたし」
「あーそれは天気予報見たけど。でもコート着るとかさばるからあんまり好きじゃないんだよね。おれ的にはまだいけそうかなって」
「だからってな……」
 呆れながら言いかけて、やめる。人にあんまり口うるさく言うのは好きではないし、今はあんまり迅と話す気分ではないのだ。
「……まあいいか。じゃあ、俺は本部行くから」
 そう言って立ち去ろうとすると、迅は驚いたというように目を丸くした。
「ランク戦しようって言わないんだ?」
「……今日はいい」
 言えば、迅はますます信じられないという表情になる。その見開かれた青い目を見て、きれいな色だなとこんな時だって思ってしまう自分がいた。
「だから今夜寒くなるのかな……」
「いや、それも失礼だな」
「だって太刀川さんがおれにランク戦しようって言わないなんてさあ」
 ぐずぐず言う迅に、おまえのせいだろうと太刀川は息を吐く。というかそんな風に言うならもっとランク戦に応えてくれてもいいだろうという気持ちも芽生えつつ、これ以上隠して接するのも自分の性に合わないと思って素直に理由を言うことにした。
「そりゃフられた直後だからな。俺だってちょっと距離おきたい時もある」
 太刀川がそう言うと、ぴたりと迅の動きが止まる。数秒そのまま停止してから、吐き出されたのは「…………え?」というなんともぎこちない声だった。
「フられた? 誰が? 誰に?」
 そうして迅がそんなことを言うものだから、今度はこちらが目を丸くしてしまう。
「いや、俺が、おまえに」
「……はい? いつ?」
「もしかして、覚えてないのか? ……まあお互いちょっと酒入ってたしな」
 太刀川の言葉に、迅は「ええっと……」と明らかに動揺した様子で視線をうろうろと泳がせた。
「もしかして、先週の……いや、それこそ酔った勢いとかじゃ」
「俺は確かに好きって言ったし、キスだってしたろ。あれは明らかに告白だろ」
 もしかして、何か重大な勘違いが起きているのかもしれない。太刀川は迅の様子にそうようやく気が付く。
 それは先週末のことだ。今年成人を迎えた迅と宅飲みと言って二人でだらだら飲みながら話していた中で、何がきっかけだったのかはおぼえていないが、迅のことをやたらと可愛いと思った。
 好きだと思った。
 いや、それは随分前から自覚はしていた。だがそれをどうこうしようとはしていなかっただけだ。しかしその夜は、触れたいと確かに思った。
 だから「好きだ」と言ったし、無抵抗の迅にキスを仕掛けた。
 そうしたら迅はぱちくりと目を瞬かせた後、「飲みすぎたんじゃない?」「そろそろ寝よっか」なんて言ってするりと太刀川の目の前から抜け出していったのだ。それに自分でも意外なほどにショックを受けたのは、自分と迅が互いに向ける思いの熱や形は同じだと、どこかで期待していたからだったのかもしれない。
 とにかく自分はそれで「フられたんだな」と思ったのだ。
「……酔っ払いが突然言い出したことを真面目に捉える方が嘘でしょ」
「おい、それもひどいな」
 迅の言い草に苦笑しつつ、おや、と思う。迅の顔がじわりと赤くなっているのだ。
「なに、太刀川さん、おれのこと好きなの? そういう意味で。……、本気で答えて」
 そう言う迅の表情こそこれ以上ないくらい真剣で、ああそうだ俺はあの夜、この男のこういう顔を見たかったんだと思う。
 おそらく同じ温度の、同じ形の熱に触れて、あの夜満たされなかった気持ちがひどく充足するのが分かる。
「本気も何も。あの日も今もずっとそうだ」
 だからもう一度、この鈍くて可愛い男に告白をやり直してやることにした。
「自分らしくもなく凹むくらいには――俺はおまえが好きだぞ、迅。キスもその先もしたいって意味でな」





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