個人サイトの日記が好き

先日waveboxでサイトの日記について嬉しいコメントを貰って、そこから私にとっての「個人サイトの日記」ってなんだろう?って改めて考えたのでつらつらとそんな話をしようと思います。

個人サイトの日記が好き

私は個人サイトの日記が好きです。
個人サイトを訪問したら、作品だけじゃなく絶対日記ページも見に行く。よく訪問するサイトはブクマしていますが、その中にはいつしか日記の更新を楽しみに通うようになったサイトさんも多かったりするし、たまたま訪れたあまり知らないジャンルを扱っているサイトさんでも日記が充実してると嬉しくて読んじゃう。
個人サイト内の日記に限らず、はてブとかnoteとかしずインとか、「SNSじゃない場所に書かれた文章」を読むのが好きなんですよね。SNSの文章を読むのも好きだけど。
でもなんか、SNSじゃない場所にわざわざ書かれた文章を能動的に見に行くのって「SNSにはないデザート」的な感覚がしません?だって、こんなにSNSが充実してる時代で、わざわざSNSではない場所を使って書かれた文章ってそれだけで素敵じゃないですか。

好きなコンテンツについての萌え語りとか原稿の進捗話とかも嬉しいけど、なんてことない日常が書かれているのも嬉しくなります。最近聴いたこの曲が好きとか、コンビニで買ったこのお菓子が美味しかったとか、近所で桜が咲いてて嬉しかったとか。
あるいは、エッセイ的な話も好きです。こういうことをやってみてこう思ったとか、最近こんなことがあったとか。
私がそういうサイトやブログを見て好きだな~うれしいな~と思ったので、私もそういう日記コンテンツにしたいな~という憧れがここ数年あります。

自分が思考をこねくり回した結果を書いたような文章や後から引用して話すこともありそうな話はこのブログ、どんどん流れてっていいなんてことない話はzakkiの方に書くというなんとなくの使い分けをしています。
zakkiの更新頻度、本当はもうちょっと上げたい…もっと頻繁にどうでもいい日記を書きたいですね。なぜならサイトの日記の更新頻度が高いサイトを見ると私が嬉しいからです。

 

「個人サイトの日記/ブログ」の原体験

じゃあなんで私は個人サイトの日記とかブログとかが好きなんだろうな~と思って、思い出したのは私のインターネット原体験に近い時代の話です。
私がインターネットで本格的に交流を始めたのは、とあるゲーム雑誌のイラスト投稿者コミュニティでした。それまで散発的に好きなゲームや漫画の総合ファンサイトみたいな(掲示板がいっぱいあるような)ところに書き込んだりはしていましたが、本格的に固定HNを名乗ってサイトやブログを作って交流を始めたのはここから。

世代が近い人も多くて、固定ジャンルというよりも「同じ雑誌に投稿している、ゲームとお絵描きが好きな人たち」の狭くてゆるい繋がりだったので、サイトやブログを持っている方も何気ない日常の日記の更新が多かった。
このゲームが面白いとか、このキャラが好きとかもあれば、学校の試験が近くてやばいよ~みたいな日常の話とか。あとはバトンとか私信とかも多かったですね!(インターネット老人会的な話になってきたぞ)
そこでの交流にすっかりハマった私は、朝になると買ってもらったばかりの携帯電話を片手に相互さんみんなのブログを訪問して更新をチェックするのが日課でした。「日参」というやつですね(インターネット老人会用語)

今にして思うと毎日結構な労力だったと思います。
10以上はあるブログを毎朝全部見に行っていた。今の時代SNSなら、自分のホームを開いてざっと遡れば済む作業を。
でも、そのひとつひとつのサイトを訪問する時間が楽しかったんですよね。訪問して、日記が更新されてると嬉しくて!
今、個人サイトに出戻って他の方のサイトを巡っているとその時間のことを思い出したりします。

 

SNS時代と投稿の消費

時は流れてSNS時代。
私も2010年頃からインターネットでの軸足がTwitterとなり、以降2023年初頭までTwitterにどっぷりでした。同人アカウントも持っていたし、同人じゃない趣味(アイドルオタク)のアカウントも持っていたし、とりあえずアカウントはいっぱい持っていた。

最初の頃はずっと楽しかったです。Twitterも今みたいに公式アカウントなんてほとんどない時代だからSNSといっても身内ノリというか、ネットリテラシーは理解しつつも大海に発信してる感覚はほとんどなくて、ほかてらとかほかいまとかただ日常をだらだら垂れ流し合う場所だった。
さらに時が流れ、Twitterがもはや社会インフラに近いくらい普及した頃になると、段々と息苦しさを覚える瞬間も出てくる。
SNSは良くも悪くも「距離が近い」。思ったことをすぐ発信できて、すぐに反応が返ってくる。自分のTLを開けばフォローした人の投稿が自動的に取得されてぼーっとしてても流れてくる。
それは刺激的で楽しく、時として息苦しさも連れてくる。
SNSでは視点が一人称になる。コンテンツは自分の視界に「入ってくる」もの。

SNSの「フォロー」って、する側とされる側で温度差がある気がして。
フォローされたら嬉しい。自分の投稿や作品を気に入ってもらえたのかなと思う。時として、自分の「味方」のように思い、「自分自身」を受け入れてもらえたように錯覚さえしてしまうかもしれない。
フォローする側は、何かを期待してフォローする。それは「楽しい/共感できるつぶやき」だったり、「素敵な作品」だったり、「○○ファンとしての面白投稿」だったりする。それで、その期待に添わないなという思いが一定の水準を超えたらフォローを解除する。最初から相互の交流目的のフォローだったらもう少し違うかもしれないけど、つまり「”自分を満足させるコンテンツ”としてのふるまい」を大なり小なり期待されている。
まあSNSってそもそもそんなに重くとらえる方が良くなくて、フォローもリムーブも交流もその程度の気軽さでいいと思うんですけどね。
(というか、SNSに限らずコンテンツを受け取る時って全てそうだと言われればそうだし、私だってずっと誰かのコンテンツを見るときにそうなんですけど)

私は、かつて運用していたアイドルオタクとしてのアカウントはありがたいことにフォロー数よりフォロワー数の方が多くなっていて、それがフォロー数の数倍という単位になってきたころ、「コンテンツとしてのピエロになろう」と思って期待される振る舞いを頭の隅で想定しつつ面白おかしくつぶやいていた時期もある。ピエロをやることを楽しめていた時期はよかったのだが、次第に「自分の投稿が”誰かを満足させるコンテンツ”として手軽に消費される」ことに息苦しさを覚える瞬間が増えてきた。別に誰にも強制されてないのにね。

逆に同人オタクのアカウントはフォロワー数も作品へのリアクション数も伸び悩み、見てもらえているだけでありがたい話なのにどうしても他の人と比べてしまってしんどかった。
作品だけぱっと上げてめちゃくちゃ反響あるアカウントとか格好いいなあと思いながら、全くそうはなれない自分のアカウントが苦しかった。自分の中のいろんな思いを込めた渾身の作品は伸びず、逆にわかりやすいラブコメとかが比較的反響があったりする。
自ジャンル以外の話はフォロワーさんは求めてないかな…と思って喋るのを躊躇ったり、リバも好きだけどフォロワーさんに苦手な人が多そうだから喋らない方がいいかなとか、リアクションが全然ないとスべったかな…って落ち込んだりとか。こちらでも「人の目」を気にしていた。

どちらでも感じるようになったのは「”自分の投稿が常に第三者の目に触れ、消費される”という意識と自縛」。
そしてどのアカウントでも、今のTwitter(現X)では「不用意なことを言うとどこかから刺されそうな怖さ」を2020年前後からずっとうっすら感じていた。

 

個人サイトと同人誌は似ている

さて、私は同人誌も大好きです。
今はインターネットでいくらでも作品を投稿できる場所はあるし、そちらの方が早く、かつ多くの人に届けられる。
最近ではインターネットで全文公開してから同人誌にする…という方も増えてきたように思います。私もそのやり方を検討したこともあったんですが、結局「同人誌のために新作を書き下ろす」もしくは「web再録+書き下ろしをつけて同人誌にする」というスタイルを継続しています(頒布終了一定期間経過後にweb再録はする)。
それはなぜか。ひとつは、事前に全文公開するといよいよ刷れる冊数が印刷所さんの最低部数を下回りそうという現実的な話もあるんですが。

私が好きな同人スペースで、こんなような話がありました。
「同人誌は手に入れるまでのハードルが高い。能動的に選び取るという行為が発生する」
「だからこそ人を選ぶものでも同人誌なら出せる。同人誌で解釈違いだなって思ってもそれを選んだ自分の責任だから…ってそっと閉じるだけ」

(めちゃくちゃ意訳&記憶で書いているので、違ったらすみません!!!)

これ!!!!!って思って。
そして、これって私が個人サイトを好きな理由も同じ!!!!!!!!!!って思って。

同人誌も、個人サイトもハードルが高いんです。見る側も。
SNSでなんでも手に入るような今の時代に、わざわざ同人誌を買うとか、個人サイトにアクセスするとか。それってもうすでにめちゃくちゃ能動的な行為で。

私は、SNSで作品や投稿を見てもらうこともめちゃくちゃ嬉しい。
でも、そのうえで思っているのは、あえてあけすけな言葉で言うとそんな高いハードルを越えてまで同人誌を手に取ってくれたりサイトまで見に来てくれる人に一番得してほしい。
(作品の投稿がSNSが一番早いし萌え語りもSNSでしちゃうのはそれに矛盾しているとも思うので、そこは申し訳ないんですが、気軽に見て見てしたい気持ちもあるんです…)
これはSNSで見てくれる方がどうでもいいみたいな話では全然なくって、SNSで一緒にわいわいしてもらえるのは本当~~に嬉しい!!
でも、同人誌については装丁にも思いを込めたりしているし、web再録するときでもあとがきは載せない。あとがきは本を手に取ってくれた人だけのものにしています。また、サイトの日記の更新通知はSNSではあまりしない(SNSに流してもいいかな、流したいなと思ったものは流す)し、サイトの日記にしか書かない話もあったりする。

あと、そうやって自分の意志でここまで来てくれた人にだから、話せることってあると思うんですよね。
例えば自分の解釈を煮詰めた渾身の作品。例えば人を選ぶかもしれないけど私は好きだと思っているもの。例えば飲み会で気軽に話せるような話題じゃない、自分の奥底にある思い。自分の柔い部分。逆に、例えば他の人にとってはどうでもいいような自分の日常や生活の話。今や大きなSNSに放流するには勇気がいるようになったもの。

少なくとも私は、そういう話を投稿して反応ゼロだったら怖いし、逆にすぐに反応が来ても「誰かが見てくれた」という実感がありがたくもビビる気持ちがある。「誰かに届いてくれたらいいな」と思いつつ、「気軽にいろんな人の目に触れる」のも怖いし、「誰かが見てくれたことでそこに生じる感情」を受け取る怖さもある。受け取るまでに少し気持ちの準備をさせてほしい。
リアクションとか感想とかめちゃくちゃ嬉しいし飢えてもいるんですけど、そこにちょっと距離とか、タイムラグとか、曖昧さが残った方がちょうどいい時もある。
誰にも届かないかもしれない。でも誰かに届いた可能性もある。あるいは、今は届かなくてもいつか誰かに届くかも。結果の100%の可視化はされないということに、居心地の良さが生じることもあるんです。

 

「自分の話を、自分のためにできる場所」が個人サイト

まさにこの間zakkiに上げた英語の勉強の話とか、あるいは2024年末に書いた同人活動のモチベとBLカプ創作者としての変化みたいな話とか、好きなゲームに対するネガティブなものも含めた感想とかは、サイトの日記だからああやって書けた話です。

英語の勉強はまだ全然成果が出てなくて恥ずかしいし、他の人からしたら初歩の初歩すぎて笑われるかもしれない話。
BLのすけべが書けなくなった話も、私がAroAceである話も絡んできたりするし、なんか他の人に水を差しちゃうかも…と気が引けてしまった話。
ゲームの良いも悪いも含めた感想も、人を選ぶ話かなってSNSに普通に流すにはちょっと気が引けたしSNSだと短文で手軽に書けすぎて感情の方が先にいきすぎる気がしたのもある。

だけど、ここは自分のサイトだから話してみようかな、と思った。
わざわざここまでやってきてくれる人になら。あるいはSNSに投稿したURLからわざわざアクセスして長い文章を読んでくれる人になら。

そして私はそういう話をしてくれるサイトが好きだからです。

「個人サイトは自分の城」と言いますが、私は個人サイト管理人のひとりとしても個人サイトを訪問する側としてもその距離感が好きです。
SNSでは視点が一人称になるという話をしました。SNSをやっているときの主役は「自分」です。自分のアカウントから人の投稿を収集するから。だからこそ生じる衝突や息苦しさもある。カスタマイズされて流れてくるコンテンツはまるで自分が収集したコレクションのようで、自分が流した投稿は誰のためのものなのか曖昧になり、自他の境界(自分の領域と他人の領域の境界)が近すぎるから。
個人サイトの主役は、あくまでそのサイトの管理人だと思います。自分はあくまで訪問者で、ルールは管理者にある。そのサイトにおいて自分は「ゲスト」であるという線引きが常にある。逆に自分が管理人であるとき、そのサイトは自分のためのものである。

誰かが見てくれているかもしれない。でも、それはリアルタイムには基本的にわからない。誰の視線があるのか、誰がこのコンテンツを消費しているのか、その輪郭もタイミングもはっきりしない。
もしその人が聞きたくない話ならページを閉じてもらえばいい。「訪問する」という能動的な行動によってのみこの場所に辿り着けるのだから。
もし「誰か」の存在を想像しようとしても、その輪郭はきっとずっと曖昧で不特定だ。

SNSでみんなとわいわいしたいときもある。SNSで繋がっている誰かのことを考えながら投稿することもある。だから私は今もSNSにも結構います。でも、私にとってSNSに話すのに向いている話と向いていないかもって話があることに気付いた。
個人サイトに日記を置いて、「自分の話を、気楽に、誰かのためではなく自分のためにできるようになった」と私は感じています。

さあここまで6000字書いてしまいました。長いよ!!!!!インターネット長文おしゃべりマンが過ぎる。
でもこんな話ができるのもサイトだからです。
誰に刺さるかどうかわからない。誰にも刺さらないかも。でも、私はこの話がしたかったからいいんです。
私も、その人がしたい話をのびのびとしている、そんな個人サイトの日記が好きなので。

ということで、今年はもっと日記の更新頻度上げたいぞ~~!よろしければ気が向いたときに気楽にお付き合いいただけましたらハッピーです。

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