覚えているのは、今から10年くらい前。友達と都内を歩いていた時、デモ行進らしき人々の集団が横を通っていった。その時に私が抱いた感情は、正直なところ決して好意的なものではなかった。何のデモなのかもわからず、ぼんやりと「こわいなあ」と思った。なんとなく触れちゃいけないもの、みたいな気がして、友達とはそれには触れずに普通に雑談を続けた。
その時は、いやなんならつい1か月くらい前まで、自分がデモに行くとは夢にも思っていなかった。
昨日、2026年3月25日。私は雨の中カッパを着て国会議事堂前に立っていた。正確には、国会議事堂の近くの歩道だ。人が多すぎて国会議事堂前まで行けなかったのだ。あそこから国会議事堂までどのくらいの距離があったのかすら分からない。
【緊急アクション🪧】3月25日、国会前に集まろう!!平和憲法を守るための緊急アクションを引き続き行います。ともに声を上げましょう。#平和憲法を守る0325
3月25日(水)19:30-20:30
国会正門前
憲法9条壊すな!実行委員会との共催🤝 pic.twitter.com/mwNJtfsEsD— WE WANT OUR FUTURE【次回】3/25 (@WeWantFuture) March 12, 2026
私が雨の平日夜に国会議事堂まで足を運んだのは、こちらのデモに参加するためだった。
正直、家を出る支度をする直前まで行くかめちゃくちゃ悩んだ。初めてのデモ参加。不安。雨の中。不安。カッパなんてもう何年も着てなくて持ってないよ……コンビニで調達できるらしいけど……。私というたった一人の参加者が増えたとて、そんなに変わらないのでは、せめて配信で数に貢献しようかとも思ったけど、Twitterを開いて流れてきた投稿に背中を押された。
「人任せにすると、力は弱まる。1人分の力がとても大きいのだから。」
そうおっしゃっている呟きを見て肚が決まって、支度を整えて家を出た。
私は政治には詳しくない。全然詳しくない。数年前まで、政治的なことはずっと遠い世界の話で、話すのも見るのも気が進まなかった。なんとなく今の生活が回っているからそれでいいように思っていた。政治的な活動をする人は私にとって得体が知れなくて、いつも怒っていて過激で怖いもの、というイメージがものすごく偏見なのだがあった。デモに怖いという感情を持っていたのもここからくるものである。
その思いが変わったのはコロナ禍の頃だ。
コロナ禍という大きな不安の中、コロナ以外の社会のニュースも含めて色々考えたり憤ったり不安になったりすることが多く、「ちゃんとニュースに向き合わないとだめだ」と思って、ラジオやポッドキャストを中心に少しずつだけど政治に関する話題に触れるようになった。年齢も重ね、SNSでは年下のフォロワーさんも増えてきたり、身内や友人に子どもが産まれたりして、「大人として、せめてすこしでも明るい世界をつくる責任の一端が私にもある」「後の世代にこんな世界のまま残したくはない」と思うようになったということもある。
さて、数年が経ったが、政治をぺらぺらと語れるようになったかといえば全くそんなことはなく、恥ずかしながらわからないこと知らないことだらけだ。
だけどそんな私でも今思うのは、政治に詳しくないからといって政治について話してはいけないなんてことは全く絶対1ミリもないし、むしろそんな風潮は危険だしクソ食らえである。「詳しいことはわかんないけど、なんかこれおかしくない?」「こういうふうになったら嫌」と思ったことは素直に声を上げていい。全然いい。私たちの生活は全部、最終的には政治によって左右されるのだから。
私は今回、戦争も改憲も絶対イヤ!!!!!!!!!!平和最高!!!!!!!!!平和であれよ!!!!!!!!!!とめちゃくちゃ思ったので、そして戦争というものに日本が今ものすごく近い位置にいるのではないかという危機感がここ数週間ずっとあって、このまま自分たちの好きに突き進みそうな現政権が怖くて、NOの意志をインパクトをもって可視化しないと止めることができないのではという気持ちから、デモに行くことを選んだ。
今回、「デモに初めて行った」という人がすごく多かったと思う。私もそう。
初めてデモに行った人の感想として、「結構楽しかった」「また行きたい」という前向きなものもちらほら見る。
私はどうだっただろう、と昨夜からぼんやりと考えている。
楽しかった、というほどのことはない。また行きたいか…と聞かれると答えに困る。
「結構面白かったし、デモに行くという選択肢もアリだと思ったし、怖くなかった。今回行ってよかったと思うし、必要とあらばまた行くこともあると思う」というのが私の感想である。
私の中でデモに行くハードルがものすごく下がったのはペンライトの存在だった。
デモで思い思いの、色とりどりのペンライトが輝いている写真を少し前にSNSで見てデモのイメージがかなり変わった。そして、私はオタクである。アイドルのオタクを10年以上やってきた。家には山ほどのペンライトがある。非常に身近な存在だ。SNSで見た写真の中には、知っているアイドルやコンテンツのペンライトもいくつもあった。
今回、実際にデモに行ってみて、ステージを視認できない中で私は周囲の人々のペンライトやプラカードを見ていた。多くは汎用的なペンライトであったり、どのコンテンツのものかわからないものだったが、いくつか知っているアイドルやコンテンツのペンライトもあった。あのグループのファンの人も来ているんだ、と少し心強い気持ちになった。他にもさまざま工夫の凝らされたアイテムを持っている人がたくさんいて、それを眺めているのはなかなか面白かった。
私は今回一人で行ったが、全然怖くなかったし居やすかった。その意味でも、少なくとも今のこういったデモは案外行きやすいなと思った。スピーカーの音が聞き取りにくくてコールの内容が分からない時でも、あまり大声で叫べなくても、ペンライトを振っていたら手持無沙汰じゃなかった。(事前に主催さんのSNSでコールの内容は掲載されていたが、雨でスマホを取り出す余力がなかった)
でも、じゃあ、デモに行くのと家でゲームをやったり小説を書いたり漫画を読んだりのんびりごろごろするのとどっちがいいかと聞かれれば、圧倒的に後者だ。どう考えても私の中では後者だ。オタクはやりたいことがありすぎて常に余暇があまりにも足りない。普段できるかぎりひきこもって生活をしているのでもやしすぎて、外に出ると体力を消耗する。行き帰りとデモに参加していた数時間でどれだけゲームができたと思うんですか!!??
だからそういう意味で、「デモに積極的に行きたいか」と聞かれれば首肯はしない。
だけど、平和じゃないとそんなことも楽しめない。そういう切実さがある。だから私はデモに行ったし、これからも行く可能性がある。
だから願うのは、デモに行かなくたっていい世界だ。だが悲しいかな、現在はぼーっとしていても偉い人たちが真っ当に世界を回し、平和が降ってくるような世界ではない。
帰宅して、遅い夕飯を食べながらYouTubeを開くと私のアイドルの推しの新着Short動画がアップされていた。もうすぐ昨年開催されたライブのDVDが発売されるから、公式チャンネルで宣伝用のライブの切り抜き動画がアップされていたのだ。
動画の中で、キラキラした推したちが、色とりどりのペンライトの海で歌い踊っていた。
それを見て、私は「ペンライトはやっぱりアイドルに向けられているときが、愛と幸福に満ちた空間で見ているときが一番綺麗だな」と思った。
私はデモにペンライトが導入されて本当によかったと思うし、沢山のペンライトが光っている光景はきれいなものだった。だけどそれは、あのライブのような空間が、幸福な時間が、これからもずっと続けられる世界のためなのだ。
