少し前に雑記でも書いた通り、最近QuizKnockにハマっている。ほぼ毎日何かしらのQuizKnock関連の動画などを見て大笑いしており、最近の日常の良い癒しになっている。
そしてQuizKnock特集が掲載されるということで、気になって雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年5月号を購入した。その記事の中で、強く心に残った言葉があったのでその話がしたい。
ふくらP「楽しいから始まる学び、という素晴らしいコンセプトを、絶対に失わないものをつくり続けたいですね。まじめに勉強ばかりしているのがダサいという価値観を払拭し、カッコいいとみんなが思える社会になってくれるのが僕の理想。(後略)」
伊沢「QuizKnockを通じて、学ぶことに肯定的な世の中をつくっていきたい。その気持ちは、たちあげ当初から一貫しています。(後略)」
(『ダ・ヴィンチ』2026年5月号 QuizKnock10年の歩み より)
この言葉がまさに私が思っていたQuizKnockの良さというか、彼ら自身もここに強い信念を持っているのだなあ…と改めて沁みたのだった。
私は、QuizKnockの年上組…と言われているのかどうかは知らないのだが(ド新規)、まあとにかくその中でも河村さん・ふくらさん・伊沢さんあたりと同世代だ。
ちょうど最近、少し考えていたことがあった。
私が小学生~高校生くらいまでの頃、つまり2000年代前後といえば今なおファンの多い伝説的な少年漫画が山ほど連載されていた時代。私も例に漏れず夢中になった少年漫画がたくさんあったのだが、最近ふと振り返って、あの頃の少年漫画(いや、少女漫画もそうだったかも)の主人公は「学校の成績などでは劣等生、あるいはそこまででもないけど勉強に力を入れていないタイプのキャラ」で、そのうえで運動や特殊能力などほかの強みが開花して輝いていくようなキャラクターが多かったようなイメージがある。今振り返ってのイメージで話しているので、実際違ったらごめん。そして、あの頃の漫画で「頭のいいキャラ(モブ含む)」は「ちょっとどんくさい/ほかに欠点があるガリ勉」みたいなキャラ付けがされがちだったような気もする。
そしてもう1つ特筆しておきたいのは、2000年代後半に放送されていたテレビ番組「クイズ!ヘキサゴン」である。リニューアルを経たこの番組はいつしか「おバカキャラ」に焦点が当たっていくことで大ブームとなり、番組発のアイドルグループも多数結成、単独でコンサートや舞台などのイベントも開催された。
こちらも例に漏れず、当時私はヘキサゴンに大ハマりした。今でいう「推し」ができ、コンサートや舞台や推しタレントやグループのリリイベに行ったりと結構ガッツリファン活動をしていたほどハマっていた。
それらのコンテンツや、その描かれ方・取り上げられ方の是非を話したいわけではなくて、振り返って思うのは、少なくとも学生当時の私の目に映っていたのはそういう景色だったという話だ。「ちょっと勉強ができなくても、おバカでも、別の能力でこんなに輝けるんだよ」みたいなそういうメッセージを受け取るようなコンテンツが、学生当時の私が触れてきたものには多かったように思う。
勿論そのメッセージで救われた人、居場所をもらったように思えた人、だからキャラクターやタレントたちに共感できた人、たくさんたくさんいたと思う。それは絶対的にあると思うし、絶対そういうメッセージもたくさんあるべきだと思うんですよ。そこはまず強調しておきたい。
でも、どちらかといえばいつも教室の隅で地味で、ちょっと絵と文章をつくるのが好きなことのほかには真面目に勉強に取り組むくらいしか取り柄のなかった学生であった私は、そういったコンテンツに熱を入れながらもどこかで「自分事ではない」というか、疎外感というほどじゃないけど、なんだろうなあ。「地味にコツコツやる人の(相対的に見たときの)評価のされなさ」をたぶんぼんやりとは感じていて、でも別にそれをコンテンツに対して求めるものだとも思ってなかったから不満というほどのものはなかったんだけど、う~~ん、言語化が難しい。
でも、何が言いたいかというと、当時の私は「真面目にやること(勉強すること)」を大切だと思っていながらも同時にどこか恥ずかしいことでもあると感じる気持ちもあったし、本当は勉強すること自体はそこまで嫌いじゃなかったけど(分野にもよるけど)、「勉強=苦しいもの、みんな好きじゃないもの(であるべき、それが普通)」という固定観念が刷り込まれていたように思う。
学生時代、全国的に見れば全然頭がいいほうでもなんでもなかったし全然努力なんてしきれてなかったけど、それでも普通の公立学校の学内でそこそこ頑張って悪くはない成績をキープして、真面目にコツコツ毎日の授業や試験に取り組んで指定校推薦枠取って有名なところじゃないけど行きたいと思った第一志望の大学に行けたこととか、私はそういうことができた自分をもうちょっとは評価してもよかったんじゃないかな、とか。
別に今の人生に後悔はないけど、QuizKnockを知ってから思うんですよ。もし私が学生時代、これから進路を決めようという小中高生の頃にQuizKnockを好きになっていたら、もっと「勉強を楽しむ」という気持ちに目を向けたり、「勉強ができること、頭がいいこと」を格好いいと思って、そういう人が集まる大学に行ったら面白いことがたくさんあるんじゃないかって思えて早い段階から世界が広がったんじゃないか、「勉強=苦しいものであるべき」というフィルターをかけずに、勉強への取り組み方や進路の選び方が変わっていたのかもしれないって。
まあ、私は私なので、結局勉強よりゲームや漫画や創作のほうが楽しいよ~~っつって勉強大して頑張れなかったかもしれないですけど。その可能性のが全然高そうなんですけど。
でも、QuizKnockを見始めて思い出したんですよね。私、小さい頃ちびまる子ちゃんのことわざや四字熟語の本が大好きで何度も何度も読んでいたこととか。クイズ番組の特に漢字のコーナーが大好きで食い入るように見て答えてたこととか。その頃の気持ちを思い出せて嬉しかった。ずっと忘れてたな。
大人になったらもう勉強とはおサラバさ!と学生が終わった時には思っていたのだがそんなことはなく、私は今まさに勉強に取り組んでいるところである。
ひとつは、自主的に始めた英語の勉強。これは大逆転裁判にハマったことがきっかけで、詳しくはこのときの日記を参照。この勉強はコツコツと、細く長く続けていきたい~。
もうひとつは上司から取れと言われている資格試験のための勉強。これはそろそろ急がないと…。
大人になったら勉強なんてしないと思っていたのに…。でも、朝早めに起きて、コーヒーをおともに時間決めて勉強する時間は、意外と嫌いじゃない。
やり続けてたらそのうちまぁやりたくなくなってくるしキャパオーバーもしてくるけど。やりたいゲームがありすぎるので、勉強をめちゃくちゃやりたい!というわけではないし…本当はめちゃくちゃゲームのほうがしたいけど…あと創作もしたすぎるけど…オタクは余暇でやりたいことが多すぎる。
最近は勉強をするとき、QuizKnockの「勉強ライブ」を流すことにしています。
これはQuizKnockと一緒に勉強や作業をしよう!という作業用動画で、これを流していると「QuizKnockもやってるしテキストに戻るか…」って勉強をやめるのをやめずにやれるので大変ありがたい。
そしてこの勉強ライブシリーズ、コメント欄を見てはすげ~~~~ってなる。みんなが作業の宣言や成果をコメントに書き込んでいるんですが、みんなほんと勉強などを頑張ってるんですよね…。学生はもちろん、社会人の人も資格の勉強や仕事の勉強、趣味の勉強など色々やっててすごい。そして、そうやって頑張る人たちをみんな肯定する空気がそこにある。
冒頭で紹介したふくらさんや伊沢さんが言った、「まじめに勉強しているのがカッコいい」「学ぶことに肯定的な世界」なんですよ。
10年間の軌跡の中で、こういう空間をつくりあげたQuizKnockってすげえって思って。
なんかね~~~、昔の私がほしかったものがここにある気がしたんです。当時の私はまったくそれが欲しいとも自覚していなかったけど。
そして、今こういう世界があることが嬉しい。今の若い子たちがこういう場所に辿り着けているのめちゃくちゃいいじゃんって思った。もちろん、若い子だけの話じゃないけども、特にという意味で。
長くなってしまった。自分語りもすごい。けどまぁ、自分の日記だしいいか!
他にも、小説家の小川哲さんと伊沢さんの対談で伊沢さんが言った「知識のあるなしというのは簡単に人を傷つけ得る」という話とそれを自覚しているからこその意識の話もシビれました。それを自覚していることへの信頼感と、だからこそ安心した気持ちで見られるコンテンツが生まれているのだなということに大納得したのであった。この対談も、道尾さんと山本さんの対談もメチャ面白かったです!
